急いでいる時に限っていつもこれだ。
ぶつぶつ文句を言ってもしかたないけれど、なかなか進まない列にイライラだって募る。
「…まったく何よ…」
列の先頭をみてみれば皮のジャケットを着た男が行員にあれこれ質問している。
面倒な客のよう。
ATMが不具合を起こして止まってさえいなければこんなところでイライラすることも無かったのになぁ…
見るともなしに表通りを眺めていた時だ。
黒塗りのワゴン車が銀行の前に止まる。
ここは駐車禁止の場所なのに…と3人の男が降りてきた。
おかしい。
全員まったく同じ服装なのだ。
黒一色の格好。
ズボンもジャケットも…おまけに手にした銃も…頭にかぶった目出し帽も。
「って、銀行強盗…!?」
「全員床に伏せろっ!!!!」
一発の銃声。
天井の蛍光灯が割れて散らばった。
「ちょと…ウソでしょ…」
犯人の言うとおり大人しく床に伏せるあたしたち。
2人が見張りのためか伏せた客に銃を向けて、少しでも動けば「動くんじゃねぇ!!」と声を上げる。
そしてもう一人はボストンバッグを手にカウンターへ。
女性行員に袋を投げつけ、これに金を入れろと脅す。
恐怖のためか動けないでいるそれを見ると、カウンター近くで床に伏せていた男の襟首を掴み立たせ…顎に銃を突きつけた。
おや?とあたしは首をかしげる。
「早くしないとこの男を殺すぞ!!」と脅している強盗A。
「助けてくれ!妻も子供もいるんだ!!」と騒ぐ人質。
これだけみれば…カウンターの近くにいた所為で運悪く人質にされた人って感じだけど…
ちらりと視線を走らせる。
犯人のすぐ足もとで、若い女性が震えていた。
人質にするなら自分と同じような体格の男より、非力な女を選ぶはず。
おかしい。
「おい、お前!!動くな!」
考えている間に、きょろきょろと目立ちすぎたようだ。
ショットガンがこめかみに突きつけられる。
あたしは両手を上げると、乾いた笑いを浮かべまた床に伏した。
「…変だわ。絶対変よ…」
ぶつぶつ犯人に聞こえないように呟いていた時だ。
どこからかか細い声がした。
―――助けて…くらげマン…―――
くらげマン。
その名前に思わず頬がひきつる。
最近よく聞く…自称正義の味方の名前だ。
先日…撥ねられそうになった子供を助けた…アレ
その他にもいろいろ活躍しているらしい。
新聞もTVもその話題でもちきりだ。
彼が何処の誰で…何の目的であんな格好をしているのか…
まぁ、活動の目的は、社会奉仕とか正義なのだろうけれど…
くらげマンを呼ぶ誰が呟いたかもわからない囁きは波紋のように広がっていく。
「そうだ、くらげマンだ…」
「彼が助けてくれる」
「…みんなで呼ぼう…」
「助けを求める声はきっと彼に届くはず!」
いつの間にかザワザワとしはじめたそれらに強盗の怒号が響く。
あたしは強盗Bの足もとで、一人他人のふりをしながら…くらげマンコールを聞いていた。
しかし、そんなあたしの努力も虚しく…
「クソっ!黙らねぇかテメェら!!ごちゃごちゃ騒ぐとこの女撃ち殺すぞ!!」
「…あたし騒いでないのに…」
再び銃口があたしの頭に突きつけられた。
こんなバカでかい銃で撃たれたら…顔なんて潰れてしまう。
しかもこの場合…あたしとばっちりだし。と思った時だ。
ビジュッ!!
という、濡れたタオルで壁を叩いたような音がして男の手にしていたショットガンが床に転がった。
転がり落ちた銃は…なんだかベタベタとして海の匂いがしている。
「な、なんだ!?」
「どうした!!」
男たちが慌てる。
あたしは嫌な予感がして…ぎぎぎっと顔を向けた。
「くらげマン!!」
誰かが声を上げたのを合図に青と金の影が強盗に向かっていく。
そう、現われた。
あの正義の味方が…本当にやってきてしまった。
今日もぴったぴたの全身タイツ…いや、青のバトルスーツに身を包み踊るように蹴りに拳に…粘液質の何かに…を繰り出している。
あたしは、犯人にもアレにも気がつかれないようにほふく前進で長椅子の影に移動する。
他の人質たちはすでにコンサート客か何かか?と聞きたくなるくらいの熱狂ぶりだ。
「きゃ〜〜〜〜〜〜っ!!くらげマン様!!!」
などなど…一部オカシイ趣味の人もいる。
そうこうしているうちに、強盗ABCは彼によって倒され床でぴくぴくしていた。
「ふぅ…みんな大丈夫か?」
さわやかな声。
それが辺りを見渡して首をかしげていた。
こっちは、どうか気づかれませんようにと祈るばかりだといのに…
「あぁ、そんな所に隠れていたのか。大丈夫か?怪我は無いか?」
「…気づかれた…」
目が合ってしまった。
がくりとうなだれながらも立ち上がる。
えぇ。大丈夫よ…と答えようとしたその時だ。
彼の後ろ…倒された強盗Aの銃をさっきの人質だった男が拾った。
と同時に銃声。
しかしそれは目の前のくらげマンにあたることはなく…天井を打ちぬいていた。
何故なら男が引き金を引くより早くその腕を掴み、天井へねじり上げていたからだ…
人間かコイツ…と思うほどの反射神経だ。
「………」
人質だった男の突然の行動に、シンとする中…男の腕を掴んだまま困ったようにそれがあたしを見た。
「…えぇっと…この人は?」
「強盗犯の仲間…だと思うわよ。」
仕方ないので言葉を返すと、そうかと頷き拳一発。
低いうめき声も上げずに床に沈む強盗仲間。
「怪我はないか?」
「え、えぇ…まぁ…」
「うん。それは良かった。」
仮面の向こう…顔はよくわからないがニコニコしていそうな雰囲気。
とその時だ。
銀行の前にようやくパトカーがやってきた。
けたたましいサイレンを鳴らして何十台も。
そして…
「あれ?」
気が付くとあの変態…ちがう、自称正義の味方の姿は無かった。
Fin
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