せかんどいんぱくと

【でめきん様】





揺らめく熱波と立ち上る陽炎。
灼熱の真昼、陽光を受けて焼けるアスファルト。
向けたホースから迸る水が触れた瞬間、ジュッと音をあげて蒸気が立ち上った。
「あ〜っちいわねぇ・・・」
バシャバシャ、景気良く玄関先にも水を撒いて砂埃を洗い流す。

ちりりりり〜ん。ジーワジワ、ジジジジジジ・・・・・・。

軒に吊るした風鈴が、風に揺られて軽やかな音を立てたけど。
庭木にへばりついて鳴く蝉の合唱が後に続くと、ひたすら喧しいだけで風流も何もあったもんじゃないやい。
「ここが終わったらアイス食べて、クーラーガンガンかけて昼寝でもしようかしら」
本日我が家はあたし以外外出していて、明日の朝まで帰ってこない・・・らしい。
とーちゃんかーちゃんは一泊の予定だけど、ねーちゃんは『予定は未定』だそうで。
「目的のものが見つかったら即、帰るから。 食事の仕度は必要ないけど戸締りだけはしっかりとね」と。
出掛け際「最近この近辺に妙な奴が出没しているようだから気をつけなさい」とも言われた。
既に遭遇してて、しかもその妙な奴に借り作っちゃいましたとも言えずに、あたしは「うん、気をつける」と答えるに留めたんだけど。
あまつさえ、その妙な奴がしょっちゅうあたしの近辺をうろついてます、なんてとても言えない。
初めて奴と遭遇した時、別れ際に「また今度」とは確かに言われたけど(もちろんあたしは了承してないわよ!!)
奴にとっての「今度」が翌日だったり、その後も3日と空けずに姿を見せるようになってるだなんて。
まぁ、正直にねーちゃんに事情を話せば一発で奴をノシてくれるかも知れないけど、
「リナ。あんたね、あの程度の輩も自力で片付けられないの?」とか怒られて、護身術の再特訓だとしごかれる可能性も大。
前門のヘンタイ、後門のねーちゃんの特訓。
どちらか一方を選べと言われれば、あたしはもちろん前者を選ぶ。
ヘンタイ男は見なければいいけど、ねーちゃんのしごきはヘタすりゃ三途の川が見えるもんね。
ジーワ、ジワジワ、ジジジジィ・・・・・・。
「ええい、うるさいっ!!」
暑苦しく合唱を続ける蝉に水をぶっ掛け蹴散らして。
今日こそあいつに遭遇しませんようにと、真夏の太陽に祈ってみた。



「あ。今日は珍しくスカートなんだ」
待ち合わせ場所には既にアメリアが来ていた。
「ごめん、待たせちゃった?」
一応あたしも待ち合わせ時刻よりも早く着いてたんだけど、更にアメリアは早く来てくれていた訳だ。
「大丈夫、私も今来た所だから。 それよりも今日も「あの人」は現れるのかしら」
「・・・アメリア、あんたねぇ・・・」
思いっきりげんなりして見せても、正義のヒーローオタクの彼女には効果がなかったようだ。
「ま、私達に危害を加えてくるわけじゃなし、一応やってる事は善行なんだし」
あっけらかんと「今日はどんな登場の仕方をするのかしら」なんて期待顔の彼女には悪いが、とてもじゃないがあたしは笑えないのだ。
なぜなら。

「「「きゃああああっ!!!!!!」」」

突如、曲がり角の向こうで悲鳴が上がった。それも女性特有の『黄色い』と表現されるやつ。
「あら、今日は早いですね」
「やめて全然嬉しくないから。つか、まだあいつと決まったわけじゃ・・・」
ない、と言いかけたあたしの鼻先に、不幸にもすっかり嗅ぎ慣れてしまった磯臭さが漂ってきて。
「これで確定ですね」
同じく臭気を嗅ぎ取ったらしいアメリアが、可笑しそうにあたしの顔を覗き込んでた。
「行くわよ」
とりあえずアメリアの手を取って踵を返し、全速力でこの場からの離脱を試みる。
「ちょっと、リナったら! そっちだと逆方向よ!!」
「いーの、遠回りでも最終的にたどり着けりゃ」
下手に奴と遭遇したらそれこそ時間取られて恥掻いて、良い事なんて何にもありゃしないんだから!
映画のチケットはあたし持ちだし上映時間までまだ余裕もあるし、先に買い物済ませた方が効率的ってものよ。
「・・・たぶん、無駄だと思うんですけどね・・・」
不吉な予言は聞かなかった事にする。つか、させてお願いぷりーず。
たまーにアメリアは先読みをする。この場合予知と言った方が正しいのかも。
彼女曰く「急に降りてくるんです」との事だが、果たして今、彼女の頭の中に何が降りてきたのやら。
とにかくできる手は打ちたいあたしは、急ぎ足のままアメリアを引っ張ってざわめきの聞こえる方角から逃げ出した。

「んだよ、こらぁ!!・・・あぁん? おじょうちゃん、なぁに急いでるのかなぁ?」
ツいてるんだか、いないんだか。
脱兎の勢いで走り続けて曲がった裏道への角の先には、いかにも頭と柄の悪そうな男が数人たむろってて、その内の一人にうっかりタックルぶちかましちゃって・・・今に至る。
とりあえず板壁を背にしてアメリアを庇う。
そんな必要なさそうだけど一応、ね。ここまで引きずってきたのあたしだし。
あたし一人の場面だったら、とりあえず全員即しばき倒して懐探って終了なんだけど、さてどうするか。
「二人ともかわいいね〜。なぁなぁ、これから俺らとどっか行かね?」
鼻の下をのべ〜っと伸ばして、男の一人があたしに向かって手を伸ばしてくる。
他の奴らも周囲を固めるようにじりじりと近づいてきて・・・。
こいつからやってやる。
あたしが第一目標を見定めたのと、アメリアがこっそり正義の拳を固めたのと、男が薄ら笑いを浮かべたのとどれが一番早かったのか。
しかし、もっとも早くに行動を起こしたのは!!
「ちょ〜っと待ったぁ!!」
ぶわっ!! 
声と共に濃厚な磯臭さが辺りに立ちこめ、空気が一気に湿っぽいものに変わる。
「な、なんだてめ・・・え?え!?ぅえっ!?」
一様に動揺する男達の心境やいかに。・・・この反応を見る限り、奴との遭遇は初めてらしい。
「貴様らに名乗る名前はないっ!!」
無駄に爽やかな声で言い切ったセリフはサマになってるけれど、それ以外は・・・ねぇ?
電信柱の影から颯爽と現れたのは、腰より長い金髪を風に靡かせた長身の男。
はっきり言ってハンサムの部類に入る整った顔立ちと、きらりと光る白い歯が印象的。
だが、それ以上に衝撃的なのは彼の着ている衣服とかぶりもの。
『猥褻物陳列罪』心の中でげっそり呟いてみるも、残念ながら現行法での逮捕は不可能らしい。 身体の線も露なぴったぴたのうっすいタイツスーツで全身を包み、頭に被るは長い触手を備えたくらげ帽子(?)
鍛え上げられた筋肉が薄い布地に陰影を作り上げ、一部の奥様方には『セクシー』だのと騒がれてる奴の正体は!!
「助けて!くらげマン!!」
ナイスタイミングでアメリアが叫ぶ。
両手を胸の前で組み潤んだ瞳と紅潮した頬、上目遣いももちろん標準装備。
由緒正しき『ピンチに陥ったヒロイン的作法』だそうな・・・って、あたしはやんないからね!
「おうっ! 待たせたな、リナ!!」
だからあたしは呼んでないし! 第一、勝手に人の名前呼ぶんじゃないわよ!!
ほら見なさいよ、チンピラにーちゃん達の『あんなのの仲間かよ』って視線が集中してるじゃない!!
「て、てめぇ・・・いったい」
おずおずと、それでも一番に口を聞こうとしたのは立派だったと褒めてあげるわ、うん。
ひゅるるるるっんっ!!
「ふぐっ!?」
結果、かなり気の毒なことになっちゃってるんだけども。
くらげ男から伸びた触手が、ちんぴらその一の顔面に巻きついて、目と口を塞いだのた。
あ〜あ、アレやられると2.3日は臭いが取れないのよね・・・すっごく磯臭いんだ。
それにしても、一体どういう構造になってるんだろ。触手って、まさか本物の生もの・・・じゃないわよね。
うにょうにょとざわめく触手達。そこから伝う雫もまた粘り気を持ち、かつ、磯臭い。
「お、おい。あいつがうわさの・・・」
「やばくね?」
残りの男達は乱入してきたくらげ男に動揺したのか、すっかり腰の引けた様子でいくばくか目配せをして。
「「お助け〜!!!!!」」
あっさり背中を向けて逃亡を図った。もちろん捕まってる仲間の事なんて無視で。
「・・・あんた、あいつら捕獲できる?」
あくまで視線を合わせないまま呟いたあたしと。
「任せとけっ!」
快活そのものの返事をくれた自称正義の味方。
程なく複数の悲鳴と、更に濃度の強まった磯臭さが辺りを覆ったのである。

「ったく、あたし達にコナかけてきた割には寂しいわね」
ごそごそ、もそもそ。
何をしているかって?そりゃあ当然いただくものはいただかないと。
「お前さん、そういう趣味の悪いことはだなぁ・・・」
「うっさい! 不愉快な思いさせられた分の慰謝料よ!!」
粘つく触手に絡め取られて気絶している面々の懐を探りながら、こいつ早くどっかに行ってくれないかなーと思う。
彼はとにかく存在そのものが目立つ。更には臭いという自己主張法があるので遠くまで存在が知れるわけで。
「リナ、そろそろタイムリミットよ」
見張りをしていたアメリアに促されて、あたしも腰を上げる。
「なーなー、なんでオレの方を見てくれないんだ?」
不満げな口ぶりの男に、やはり視線は合わせないままあたしは数枚の札を突き出した。
「これあんたの分の分け前だから」
「そんなもんいらん。それより・・・」
あたしの申し出をサラッと断ってきたけど、ここで引くわけにはいかない。
「だから、あたしにあんたの方を向かせたかったら、これでサポーターの一枚でも買いなさい!!」
もう一度、グッと彼に向けて札を突き出す。
「さぽ? サポーター?」
困惑ぎみの声と衣擦れの音。たぶんまた頭でも掻いてるんじゃないだろうか。
ままあって「ああ、そういうことですか」と、アメリアが助け舟を出してくれた。
「あの、くらげマンさん。 リナはその、かなり照れ屋さんだからですね。
あなたの衣装が身体の線が出すぎていて目のやり場に困るって言いたいんです。
特にその・・・おへその下辺りって言いますか、さすがに私も指摘し辛かったんですけど。
水泳用のサポーターか何かを着用された方がいいんじゃないかと」
「ああ、そういうことか!!」
やっとこ理解してくれたらしい。
「じゃあ今回だけ、遠慮なくもらっとく。ありがとな」
手から札を引き抜かれて、これで少しはマシになるかなと安心しちゃったあたしの手に、ぬるっとした何かが絡みついた。
「オレのこと考えてくれてたんだな、嬉しいぞ」
にぎにぎぬるぬると、手指の一本一本にまで絡みつく柔らかな・・・って!!
「だから、あたしに触るな〜っ!!」
鳥肌モノの感触に慌てて手を引っ込めたけど・・・遅かった。
手を触手で包み込まれて平気な人間なんていないって、いい加減気づけ!!
「二人とも、またな〜」
ひたすら明るい声が遠ざかっていく。
「くらげマンさん、リナの手を握ってる時すっごく幸せそうでしたよ」
奴の去った方角に向けて手を振りながら、困った人ですよね。って、アメリア。あんたなに笑ってるのよ!!
「あたしは幸せじゃないやい」
「リナもちゃんと正面からくらげマンさんの事、見てみれば良いのに。そりゃああの臭いとか粘液は困りものだけど、それ以外はちゃんと正義の味方してますよ」
「『それ以外』の部分が大きすぎるのよ。第一あいつ、正義の味方ってわけじゃないじゃない」
「そうよね。正義じゃなくて、リナの味方が正解ですもんね」
謎のヒーローに一途に愛されるだなんてロマンティックじゃないですか!!などと、都合の良いとこだけ持ち上げるけど。
・・・あたしは、もっとまともな人が良いです。


数日後。
やっぱり出現した彼をあたしが直視できたかどうかは、今は語らないでおく。




Fin



Thank you for a wonderful novel


Ivent



2010.08.28 UP