黙って部屋を出て行ったそれの背を眺める。
溜め息を一つ。
どうやらまた怒らせてしまったようだ。
不本意だったが、それとそういう関係になって気が付いた…
あたしが今まで絶対の信頼を寄せていたクラゲはそれが作り上げた幻だったのだと。
独占欲の塊。
あまりに強くて、強すぎて逃げ出そうとした腕を掴まれたあの夜を思い出す。
ぶるりと体が震えた。
「あの、大丈夫ですか?」
心配そうに依頼人が視線をよこす。
あれと同じ青い色。
でも、その深さはまったく別だ。
「平気。なんでもないわ。」
「…そう、ですか。あの…」
「何?」
「お連れの…ガウリイさん…あの方は…」
依頼人の顔に怯えが見える。
確かに、四六時中ぴりぴりした空気を垂れ流しにされては気が休まらないどころか恐怖を覚えて当然だろう。
あれは以前のように笑わなくなったし。
「別にあなたに怒っているわけじゃないから気にしないで。」
「…は、はぁ…」
なら良いんですが…と短い茶髪の依頼人。
それでも、はふっと息を漏らす。
それは当然だ。この先10日間日程をあたしたちと行動するのだし…
一応狙われているかもしれないので部屋はあれと一緒。
気が休まる時が無いとも言える。
「…それじゃ、あたし部屋に戻るから。」
「は、はい。今日はありがとうございました。」
「ん、じゃぁまた明日。」
おやすみなさい。と部屋を出てドアを閉める。
暗い廊下にそれはいた。
「…何してるのよ…」
壁に背を預け腕を組み気配を殺している。
ゆっくりとそれが動くのを眺めていた。
目の前に立って、解ってるだろ?と低く響く声に無意識に身体が逃げようとする。
でも、逃げられないのを知っている。
「…解らない。解らなくなったわ…今はガウリイの考えていることが、何も。」
そう、解らなくなった。
あたしたちの関係が崩れたその日から…何も見えない。
前は考えなくても理解していたそれの考えが何一つ…。
ただ渦巻くのは強すぎる独占欲。
それは、あたしにとったら恐怖の記憶。
裏切られたと感じると同時に色々な思いが押し寄せて身動き出来なくなった。
それは今もそう。
目の前のこれを怖いと感じるのに、今も一緒にいる自分が解らない。
「あたしは…あんたのことも、自分のことも…解らない。」
暗い廊下でもわかるくらい、ぎらぎらと光る瞳に篭る熱の意味は知っている。
知りたくは無かった…あんな形で…知りたくは無かったものだ。
それが薄く笑う。
肩に手がかかり、そのまま壁に押し付けるように力が加わる。
「俺には解るよ…リナが何を考えているか。何に怯えているかも…」
「ガウっん…んんっ!!」
息が出来ない。
胸が苦しい。
深い口付けも、その意味も理解できないままあたしは叫び続けた。
やめて!と。
これ以上あたしを別のものにしないで!!と…。
「…どうした?感じた?」
「嫌…」
逃げようと思うが肩を押さえられては身動きが出来ない。
「放して…放してよ!」
「嫌だと言ったら?」
「大声…出すわよ。」
睨み返したが上手くいかない。
それの顔が楽しげに歪んだ。
声を上げたければ上げれば良いさ…と。
でも、誰も出てこないぞ…お前が散々泣き叫んだってあの夜助けに部屋に乗り込んできた奴がいたか?と囁く。
「やめて…」
「全部聞こえていたはずだ。リナの悲鳴も助けを求める声も…」
「…ガウリイ、やめて…」
「それとも、聞き耳立ててたのかもな…最後の方は」
「もう止めて!!」
止めてよ…お願い。
これ以上聞きたくない。
ガウリイの口から、そんなコト聞きたくない…。
どうやらあたしは…まだ心のどこかでそれを信じているのだ。
「…解ったから、もうやめて…」
俯いたあたしの顎を掴んで顔を上げさせるとそれは微笑んだ。
懐かしいあの笑顔ではない。
違う…あたしが見ようとしなかった…ずっと避けていたものだ。
これを壊したのはあたし…。
優しい笑顔に甘えて、その瞳の奥は見ないフリをした結果が…今だ。
「ガウリイ…あたし…」
「もう、黙ってろ。」
「んっ…」
この口付けを優しく感じるのは…心も麻痺してきたからか…。
硬く閉じた瞳から涙が溢れた。
Fin
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