ほんの少し前…
悲劇なんてそんな言葉で言い表すことの出来ない絶望を抱え…世界も自分をも憎んだ男を倒した。
1人の女性を愛するが故に…狂ったそいつ。
本当は生きていて欲しかった。
戦いたくなど無かった…。
アイツの願いなんて知ったことではない…リナに、悲しい役をさせるそいつを憎んだりもした。
結局俺は大事な時に…一緒に支えてやることも出来ずに…
何もかも終った後で、半分背負ってやるなんて…思えば勝手な奴だよな…俺も。
その戦いの後…俺達はゼフィーリアに向かっていた。
表面上は元気にしているリナだったが…
精神的には…かなり無理をしているのでは無いかと思い、彼女の故郷に行こうと言ったのだ。
少しでも気の休まる場所に…夜一人になったとき泣かない場所に連れて行ってやりたかった。
だから、どこに行きたい?と聞かれたとき…ゼフィーリアと答えた。
「この丘を越えるとゼフィールシティが見えてくるわよ!」
故郷が近づくにつれ歩むペースが速くなる。
ずんずんと先へ先へ進むその顔は最近見たどの笑顔よりリナらしい。
「うわ…全然変わってない。ほら、あの時計塔見て!」
「おぉ、でかいなー。」
「アレね、魔法習い始めの頃…攻撃呪文のアレンジが楽しくって、上部分ふっ飛ばしたのよー。」
「…へ、へぇ……。」
それって笑顔でする話か?
思わず言葉に詰った。
しかし、隣の彼女は嬉しそうに目を細める。
「懐かしい。旅に出たのなんてついこの前だと思ってたのに…」
しみじみと。
やっぱり来て良かったと思った。
街の周りに広がるのは広大なブドウ畑。
既に収穫の時期は過ぎているのか実はついていない。
やっぱりブドウには間に合わなかったわね。と、リナが残念そうに俺を見上げた。
「ま、良いさ。ワインだってあるんだろう?」
「うん。ゼフィーリアのワインは美味しいんだからっ!」
そりゃ楽しみだと頭を撫でる。
いつもなら、髪が痛むと怒るのだが今日は機嫌が良い。
ブドウ畑を抜け街に入り丁度昼時だし、何か食べようかと話していた時だ…。
「リナっ!?」
横からかかった声。
リナの顔がぱっと輝いた。
「やだ、久しぶりっ!」ときゃぁきゃぁ声を上げる。
あっという間に何処から現れたのか同じ年頃の子に囲まれてしまう。
こうして見ていると…リナも普通の女の子なんだなぁ…としみじみ思う。
「あ、そうだ!リナこっち来て!皆アンタが帰ってきたの知ったら驚くから!!」
「へ?あ、でも…」
ちらりと俺を見る。
行って来いよと笑う。
「じゃぁ、ガウリイそのへんの店で適当にお昼食べておいて。後で行くから。」
「早くリナっ!」
「もー、わかったから引っ張らないでよっ!」
手を引かれ、背を押されあっという間に姿が通りの向こうに消える。
その場にぽつんと取り残される俺。
さて…どうするかな…と取りあえず歩き出す。
その辺の店とリナは言ったが…この通り結構飲食店が多い。
何処に入ったものか…と悩んでいると良い匂いが鼻を擽った。
くんくんと匂いを辿り見上げた看板には”リアランサー”の文字。
「ここにするか…」
結構デカイ店だし、リナも一番に入ってきそうな感じだ。
カララン〜♪とドアベルが鳴る。
一歩…足を踏み入れた瞬間だった。
「っ!?」
ゾクリとするプレッシャー。
殺気などとは別の何か…
「いらっしゃいませ。」
ウェイトレスに声をかけられる。
その時になってはじめて気が付いた…剣の束に延びていた手に。
どうかしましたか?と聞かれて慌てて手を離す。
「奥の席にどうぞ。」
「あ、あぁ…」
なんだったんだ…今の?と首を傾げるが、先程感じたプレッシャーの元は見つからない。
メニューと水が出される。
「えっと…そうだな、本日のお勧めと…Cランチを各3人前ずつ。」
「かしこまりました。」
メニューを下げて厨房へ向かうウェイトレスの後姿をぼんやり眺めた。
一瞬リナにダブって見えてぱちぱちと目を瞬かせる。
おかしいな…あんまし似てないのに。
特に胸が…なんて言ったら殴られるだろうな…と真っ赤になって怒るそれを想像し笑う。
窓の外に目を向ければ賑わう通り。
走る子供。
リナが育った街…それだけで特別な場所に思える。
さっきそれが言っていた時計塔も見えるのだが…確かに上の方…積まれたレンガの色が違う…。
小さいころからリナはリナって事かと思うと自然と笑みが漏れる。
そんな事を考えていると…先程のウェイトレスがやってきた。
「お待たせしました。」
大きな鉄板に載せられた肉がじゅぅじゅぅと音を立て、かけられたソースが食欲をそそる。
暖められ湯気の立つパンとスープ。
カリッとなるまで炒めたベーコンと生野菜のサラダも美味そうだ。
俺が惹かれた匂いは肉にかかったソースのそれ。
「Cランチはもうしばらくお待ち下さい。」
そう言って彼女がクスリと笑う。
そして、ごゆっくりどうぞ。と別の注文を取りに行く。
「…ん?」
なんだったのだろうか?
まぁ良いかとナイフとフォークを手に取った。
美味い。どれもこれも最高に美味しい。
リナも早く来ればいいのにと思いつつ胃に収めていく。
いつもみたいに取り合いが無いのは少し物足りない気もする。
肉を食べ終わった頃、Cランチの魚のフライも出てきた。
それもまた文句なしだ。
全て食べ終え、サービスのコーヒーを飲みつつ待っていたのだが…
「…リナ遅いな…」
待てど暮らせどやってくる様子は無い。
昼時の混雑の中見つけられないのだろうか?
しかし、外で待つわけにも行かない…何故なら財布はリナが持っているから…支払いが出来ない。
「コーヒーは如何ですか?」
「あ、あぁ。ありがとう。」
もう何杯目になるか解らないコーヒーを貰う。
熱いそれを冷ましながら飲みつつ更に待つ…
…日が暮れた。
「…り、リナ…」
夕暮れ色に染まる通りを、子供が走っている。
家に帰るのだろう。
昼からずーっと店に留まっている俺を不信に思ったのか…厨房から店主らしきおっちゃんも出てきてウェイトレスの彼女となにやら話している。
ヤバイ…これは本格的に。
どうしようと思っていると近づいてくる気配。
「お客様?」
「…は、はい…」
「そろそろお勘定をお願いしたいのですが?」
えーっと…
半分引きつった顔で事実を告げる。
俺は金を持っていないと。
「なぁ〜〜〜〜にぃ〜〜〜っ!?」
その途端、赤い顔で走り寄ってくる店主。
金を持ってねぇだと!どう言うことだ!あ゛ぁ!?と。
「あ、いやだから…」
「何だ兄ちゃん!この”リアランサー”で食い逃げする気か!?」
「あの、そうじゃなくて…」
「金持ってねぇって事は食い逃げだろうがよ?悪いが悪人に人権はねぇって言うからな。お役人に引き渡すぜ。」
…リナがよく言う言葉だ。
常識だと言っていたが…この国では本気で常識だったんだと妙に納得してしまう。
しかし、彼女の実家に着く前に、食い逃げで役人に突き出された…なんて状況はゴメンだ。
俺は慌てて言い募る。連れが来るはずだからと。
「連れだと?」
「あ、あぁ。来るはずなんだ…後で行くからって約束で…」
「そいつぁ何時の話でぇ?」
「えっと…昼頃?」
店主の顔が更に赤く染まる。
夕日の色より…遥かに赤黒い。
「に・い・ちゃ・ん・?今は何時か解ってるかぃ?」
…西の空が夕日色に染まり、それもあと数十分とたたない間に群青色に染まり…星が輝くだろう。
これはもうお手上げだ。
ほとほと困り果てたその時だ。
私が立て替えるわ。とウェイトレスの女性。
「へ?」
「それなら良いでしょう?」
と彼女が言うと、『まぁ良いだろう。』と店主も頷いた。
これで役人に突き出されることは無くなったが…
「ま、兄ちゃんもガンバレよ。」
「頑張れって…何を?」
「…役人の方がマシだったと思うだろうがよ…それも試練だ。」
このおっちゃんは何を言っているのだろうか…と思ったときだ。
ガウリイさん。と名前を呼ばれる。
そして、この店に入ったときに感じた殺気とは別の…強大なプレッシャー。
「お店の外で待っていてくれるかしら?今日はもうバイトの時間終わりなので。」
「は、はひ…」
逆らうこと出来はしないその雰囲気に呑まれる。
ぎこちなく手と足を動かしてドアを開け外に出る。
バタンと後ろでそれが閉まった瞬間、凍り付いていた汗がどっと噴出した。
何なんだ?あのウェイトレス…ハンパじゃない。
戦場でだって味わったことの無い感覚。
リナと出合って、色々な相手と戦ったが…その時感じた緊張感ともまた別物。
「…俺、殺されるかも…」
逃げ出したい衝動に駆られたが…食事代を立て替えてもらっただけにそうもいかない。
リナ…早く来てくれよ…と情けない声を出しそうになってふと気が付いた。
さっきのウェイトレス…俺の名前なんで知ってたんだ?と。
名乗った覚えは無い。
もちろん、持ち物に名前がでかでかと書いてあるわけでも無いし…
なんでだ?と思っていると店の裏手から着替えた彼女が現れる。
行きましょうか?と言われて…俺は大人しく後を付いていった。
彼女の数歩後ろを歩きつつ、リナの姿を探してみるが見つからない。
大通りを抜け、住宅街も抜けブドウ畑を真っ直ぐ突っ切る道に差し掛かった。
「えっと…どこまで行くんだ?俺、人を待ってるから…あんまり遠くに行けないんだが…」
街がどんどん遠くなる。
後ろを振り返り振り返り着いて来る俺に、大丈夫と彼女は笑った。
何が大丈夫なのか…まぁ、リナなら放っておいても大丈夫だろうが…
どこまでも広がるぶどうの棚。
しばらく歩くと少し向こうに明かりが見えた。
大きめの村くらいはあるだろう明かりの群れ。
「家はあそこよ。」
と彼女が言った時だ。
『ガウリイーーーーー!』と後方から声。
振り向くと魔法で飛んでくるそれの姿が見えた。
「リナっ!」
大きく手を振る。
どんどん近づくそれ…しかし手に握られているのは…?
すぱ〜〜〜んっ!!!!!!
勢い良く突っ込んできたそれが着地ざまにスリッパで俺の頭を叩いた。
「痛っ…何するんだいきなり!?」
「あんた、あれほどご飯食べて待ってて!って言ったのどこほっつき歩いてたのよ!?」
昼からずーっと食堂回って探してたんだから!と彼女。
しかし…ずっと飯屋に居たんだが…すれ違ったのだろうか?
そう言おうと思ったが…後ろから感じるプレッシャーに思わず言葉を飲み込んだ。
その主が静かに口を開く…『リナ』と。
「へ………そ、その声は…」
だらだらと滝のような汗が彼女の額から零れ落ち、カタカタと小さく震えだす。
完全に血の気の引いた顔。
大丈夫か?と心配で手を伸ばしたのだが…逆に凄い力でしがみ付かれ俺を盾にするように身を隠すそれ。
「ねねねねねねね、ねーちゃん…何で、何でココに…いや、なんでガウリイと…」
「姉ちゃん?」
キョトンと首を傾げる。
俺の後ろからそーっと様子を窺うリナ。
目の前の彼女は変わらず笑顔のまま…逆に怖い。
そして、もう一度『リナ。』と彼女の名を呼んだ瞬間だ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!怒んないでねーちゃんっ!!!」
と、それ。
そんなリナの姿に、ふぅ…と息を付くと、そうじゃないでしょ?と一歩近づき手のを伸ばした。
俺がするみたいにぽんぽんと頭を撫でる。
「久しぶりに帰ってきて…最初になんて言うのかしら?」
「あ、ぅ…た、ただいま…ねぇちゃん…」
おかえりなさい。と笑う。
夜風が心地よかった。
どこか照れたようにようやく俺の後ろから出てきたリナ。
その顔がいつも見ている彼女とは別で…随分幼く見えた。
「ところでリナ…」
「あ、うん何?姉ちゃんって…あ、そうだ、コレはガウリイ。」
「コレって…」
俺を指差して、モノみたいに紹介するリナに、彼女は『ソレは知ってるわ。』と微笑む。
そうじゃなくて…と言う声が微妙に恐ろしい。
「リナ、あなた昼からずっと…ガウリイさん探してたのよね?」
「…う、うん…」
「そう…じゃぁどうして…真っ先にウチの店に来なかったのかしら?」
ニコニコと聞かれて、ひっとリナの頬が引きつる。
「そ、それは…」
「それはなぁに?」
一歩、一歩と後ずさるそれ。
そしてごめんなさいっ!!とひたすら謝る声が夜のブドウ畑に響いた。
しばらくして、落ち着いたリナと俺と、そしてリナの姉ちゃんと三人で歩き始めた。
家々の明かりはもうすぐ傍だ。
そこまで来てふと思い出したように俺を見上げた。
「そういえば、何でガウリイと姉ちゃんが一緒にいたの?」
そう聞かれて、あぁ。と笑う。
一緒にいた経緯を話すとリナの顔がみるみる真白に染まっていく…
震える声で確認してきた。『食い逃げ?』と。
「いや、逃げてないけど、金は持ってないから払えないって…そしたらリナの姉ちゃんが立て替えてくれて…」
食い逃げなんてしてないしてない。と手を振る。
ぎぎぎ…っと立て付けの悪い扉のような動きで姉の方を見るリナ。
言葉は出てこないようだ。
そんなそれにトドメの一言が告げられた。
「その話は帰ってゆっくりしましょう…」
と。
そしてこの後…俺も彼女の恐ろしさを知る事になる…
役人に突き出されたほうがマシだった…と本気でそう思った。
Fin
|