「ま、仕方ないじゃない。」
と呟いて、優雅な手つきでサクサク焼きたてアップルパイを口に運ぶのは某国のお姫様。
彼女の国からは随分遠いこの地。
朝から不機嫌モード全開でモーニングセットを食い散らかしていたところに現れたのだ。
それはもう突然。
『やっほーリナ。』
『………。』
『機嫌悪いわね?そういえばガウリイさんは?』
それが傍にいるのが当然みたいに聞かれて、思わず知らないわよ!と声を荒げたあたしに、なるほどと頷く。
何がなるほどなのか…
そしてこれまた当然のように目の前の椅子を引くと腰掛ける彼女。
ニコニコと頬杖をついて『で?何が原因でリナは怒ってるの?』と楽しそう。
『アメリア…』
『なーに?』
『…あんた最近ゼロスみたいよ。いつから降って沸いて出るなんて技身に着けたのよ?』
ふんっ、と悔し紛れに言うと海老サラダを頬張る。
彼女の頬が僅かに動いた。
”ゼロスみたい”と言われたことが気に食わなかったのだろう。
しかしめげないのが彼女の良い所でもあり…また傍迷惑なところだ。
ちらりと窺うようにあたしの顔を見ると、しれっと言った。
『昨夜の領主邸での夜会に呼ばれてたからちょっとねー。』
『…あっそ』
彼女がどこにいたか知って益々ムカムカしてきた。
あの場にいて…あの馬鹿の事に気が付かない訳が無い。
アイツも同じ夜会に行っていたのだから…
「で?」
紅茶を飲みつつ低く尋ねる。
リナったら怖ーい。と笑いつつ肩をすくめる彼女。
「ってまぁ…冗談はこれくらいにして…」
「何よ?」
「気になってね…」
だから何!?とカップを置くガチャンという耳障りな音が響いた。
あたし…変だ…小さなことでイライラする。
真っ直ぐに見つめてくるアメリア。
「リナ。」
攻めるわけでもない静かな声…
「…ごめん」
「別に気にしてないわ。リナが滅茶苦茶なのはいつもの事だもの。」
「あのねぇ…」
苦笑いしたあたしに、やっと笑った。と彼女も微笑んだ。
「それで?何でガウリイさん領主の夜会にいたの?しかもリナと別行動なんて…」
「…それは…」
別に…ありふれた理由だ…たまたま立ち寄った街でたまたまガウリイの幼馴染とかいうのが出てきて…
ぽつりぽつりと語る。
その時の事を思い出してだんだんと語尾がきつくなって行くのが自分でも解った。
「ふーん。で、その幼馴染さんに取られちゃったって事ね。」
「取られたも何も…もともとあたしのじゃないし…」
ぷいと顔を背ける。
頬が赤くなるのを隠そうと紅茶を煽った。
ガウリイとはまぁ…いわゆる…恋人と呼ばれるような関係だけど…自ら口に出すのは恥ずかしい。
それに”恋人”なんて単語はあたし達には似合わないと思う。
なんて言えば良いのだろうか…仲間や相棒…とも違う。
伴侶や夫婦…ではない。
パートナー?
…でもあたしたちはソレよりもっと近い気がする。
互いを深く知り合って以前より結びつきが濃くなって…もうガウリイ無しでは呼吸が出来ない。
感情のコントロールも上手くいかないから情緒不安定だ。
アメリアに言わせれば”いつもの事”らしいけど、あたしは違うと思っている。
いつものアレはただキレやすいだけだ。
今感じている不安やイライラとは別の…そう性格だ…ってなんか情けないけど。
もやもやと考えていると澄ました彼女が紅茶を飲みつつ…
「ま、そういうコトにしておいてあげてもいいけど。」
と全て知ってると言わんばかりに微笑んだ。
アメリアのの情報網はハンパ無い。
あたしたちについて何処まで知っているのか…それとも昨日の夜会でガウリイに聞いたとか?
あの馬鹿は何処まで話したのだろう?
調子に乗っていろんな事を話していそうで…怖い…って言うかハズカシイ!!
「あの…アメリア?」
「なぁに?」
「どこまで…知ってるの?その…あたしたちのこと。」
「さぁ?」
クスクスと笑う彼女。
う゛〜〜〜っと赤くなっていると手をひらひらと振って見せた。
風の噂程度にしか知らないわよと微笑む。
「リナって反応が可愛いからつい苛めたくなるのよね。」
「…あのねぇ…」
「ホントは昨日の夜会でガウリイさん見つけたからさ、いろいろ聞き出そうと思ったのよ。」
でもねぇ…と呟き何かを思い出したのか苦い顔でアップルパイを口に運ぶ。
「アメリア?」
「あ、うん…昨日のガウリイさん…ずーっと不機嫌でさ。」
壁際に背預けて近寄るなってオーラ出しまくってたのよ。
っと言うと笑う。
「女の人たちそれでも諦めきれずに遠巻きに壁作ってたわよ。」
「…へー。」
「わたしでさえ最初、近づくの怖かったもの。」
話したの?と聴くと、少しね。と彼女。
ぽつりぽつりと話した後は…ずーっとガウリイのボヤキを聴いていたらしい。
曰く、リナに会いたいとか、髪撫でたいとか、一緒に飯食いたいとか。
「なんで別行動なのかとか…ガウリイさん説明できる状態じゃなくって。」
「………。」
「直接リナに聴いたほうが早いかなーって。面白そうだったし。」
「面白いって…あんたねぇ…」
だから怒らないでよ。とフォークに刺したサクサクのパイを口元に差し出す。
反射的にぱくりとそれを口に入れた。
「…あ、美味しい…」
「なかなかよね。」
「おばちゃーーん!アップルパイ追加!」
しゅたっと手を上げて厨房に向かって叫ぶ。
はいよ!と帰ってくる声。
「それで?リナはどうするの?」
「…どうするって?」
「ガウリイさん。迎えに行かないの?」
「なんであたしが…」
ガウリイさんは迎えに来て欲しいと思ってると思うなーとワザとらしく言いつつ紅茶を飲む。
「子供じゃないんだから、自分で帰ってこれるでしょ。」
「うーん。やっぱりリナってわかってないわね。」
「何がよ…?」
「微妙な…男ゴコロ?」
って、あんたも疑問系じゃない。と突っ込む。
だけど…もしかしたらそうなのかな…?
あの日、彼の幼馴染に…半無理矢理連れて行かれた彼だけど…断ることは出来たはずだ。
でもそれをしなかった。
『…どうすれば良い?』なんて、何でもかんでもあたしに聞くもんだからつい言ってしまったのだ…
『アンタの事なんだから、たまには自分で決めなさいよ!』と。
あたしの知らない…昔の彼を知るあの人に少し嫉妬していたのかもしれない。
その結果が…コレだ。
夜会の準備だなんだ連れ出され、ここ数日顔も見ていない。
「………。」
「あ、今考えてるでしょ?自分から迎えに行くのは負けたみたいで嫌だ〜とか?」
「う゛…っ」
図星。
「ま、リナらしいけど。後悔しないようにね…っとそれじゃぁ…」
がたりと席を立つ彼女。
行くの?と聴くと、仕事があるのよ。と微笑んだ。
「まぁ、夜会に出席するためだけに来たわけじゃ無いんだろうけど…」
「リナ達に会えてラッキーだったわ。楽しかったし。」
「…どこがよ…」
じゃぁまた!アッサリ帰って行く。
「ホント…何しに来たんだか…」
だけど…イライラしていた気持ちはどこかに消えてしまった。
アップルパイの最後の一欠を口に入れるとあたしも席を立った。
「癪だけど迎えに行ってやりますか!って…違うわね。あたしのものを返してもらいに行くのよ。」
そうだ。
アレはあたしのものなんだから…これ以上タダで貸してなるものか。
だって…アイツが居ないと…隣がスカスカで…落ち着かないのよ…うん。
―――ガウリイ!迎えに来てやったわよ!!―――
Fin
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