いつかは、こんな日が来ることはわかっていた。
別れを切り出す日が来るって――
「ガウリイ、ちょっといい?」
夕食を食べ終えて部屋に戻る途中の彼を呼び止める。
なるべくいつもと同じように…心にある感情が表に出ないように。
本当はもっと早く言うつもりだったのだ。
ずるずると先延ばしにしてきたけれど…もう限界だ。
これ以上はもう…
「なんだ?」
振り返り首を傾げる彼に、中で話しましょ。と部屋に入る。
暗い部屋に、オレンジ色のランプの明かり。
昼過ぎに街に着いて宿を取って、この部屋で彼が過したのは夕食までの数時間だというのに…
深く息を吸えばガウリイの匂いがした。
涙が出そうになる。
こんなこと、言いたくない。
でも言わなくちゃいけない…そうしなければ、きっと…辛い未来が待っている。
「…これ、あげる。」
マントの裏に隠してあったそれを差し出す。
今日のために作ったものだ。
あちこちに魔力を込めた石がはまっている。
「短剣?俺使わないぞ?」
受け取りつつも首を傾げる。
もう、まっすぐに顔を見ることは出来なくて、早口にまくし立てた。
「それ、魔力込めた石がはまってるから。お守り代わりになると思うの。」
「うん?」
「売ったっていいわ…捨て値で売っても大きな家一軒くらいは買える値段になるし。」
「…リナ?」
顔を上げないあたしを心配したのかガウリイの手が伸びてくる。
それを避けるように一歩後ろに下がる。
「どうしたんだ?」
声が震えないようにするので精一杯。
「ここで、別れましょう…ガウリイ。」
「…え?」
なんとか搾り出した言葉。
ガウリイは理解できないのか首を傾げる。
もっと、はっきり言わなくちゃ…
「これからは別々の道を行きましょうってこと。」
ガウリイにとって危険で無い道を歩いて欲しい。
心からそう願う。
例えその隣に、別の誰かが寄り添うのだとしても…
「リナ…どうして?」
彼は優しすぎる。
いつか…いつかきっと失う日が来るから…そんなことになったら耐えられない!
「だって…もう見たくないのよ!あたしを庇ってあんたが怪我したり…魔族にだって…」
ガウリイが死ぬ場面なんて見たくない。
想像だってしたくない!
あたしの所為で幸せを失くすなんて絶対に嫌だ。
きつく握り締めていた掌に自分の爪が食い込むけれど、痛みはあまり感じない。
長い沈黙の後、彼が口を開いた。
「もう、俺にリナを守らせてくれないのか?」
あたしは、守られたくなんて無い。
守りたいのよ…ガウリイを。だから…
「……そう、よ…」
からからに乾いた喉。
ガウリイの答えが怖い。
別れを切り出したのはあたしのほうなのに…
「わかった。」
その言葉に、肩が震えた。
そう望んだことなのに涙があふれそうだった。
「わかってくれて…よかった。」
それじゃぁ、これでお別れね。とそう言おうとした時だ。
足元に金色のものが落ちてくる。
うねるように渦を巻く金の糸―――
「…ぇ?」
顔を上げると、さっきあたしが渡した短剣で自分の髪を掴んでは切る彼がいた。
長い髪が肩の上でバッサリと切られている。
「ちょ、ちょっと!?なにしてんのよ!!」
思わず怒鳴った。
だって…なんでいきなり?
だが、彼は低く怒ったような声で「もう必要ないから。」と言う。
「何言って…」
「リナが…リナが『綺麗』だって言うから切らずに伸ばしてたんだ。それに願掛けも」
「…願掛け?」
何を言っているの?
「”リナをずっと傍で守れますように…”でも、リナが付いてくるなって言うならもう必要ない。」
「ガウリイ…」
彼が一歩近づく。
「願掛けも何もいらない。」
「………」
こんな真剣な顔…はじめて見た。
その場から動くことが出来ず、目を離すことすらできない。
「俺は離れないからな。」
手が伸びてあたしを抱きしめた。
苦しいほどきつく。
「絶対離れない。リナが逃げても捕まえる。だから願掛けなんてしない。」
緩まない腕の力。
かすかに震えているのは、あたしか彼か…
涙が止まらなかった。
「……ガウリイ…」
大きな背に手を回して目を閉じた。
失いたく無いなら守ればいい。
彼があたしを守ってくれるように、あたしが彼を…守ってみせる。
Fin
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