それは、突然告げられた。
いつもと変わらない穏やかな午後に――
「ここで、別れましょう…ガウリイ。」
目の前を歩いていたリナが突然立ち止まりそう言った。
後ろを振り向くことも無く淡々と。
「…え?」
一瞬意味が理解できずに言葉に詰った。
彼女の声は変わらず平坦だ。
感情が見えない。
「これからは別々の道を行きましょうってこと。」
「リナ…どうして?」
伸ばしかけた手は途中で止まった。
「だって…もう見たくないのよ!あたしを庇ってあんたが怪我したり…魔族にだって…」
悲鳴が聞こえた気がした。
彼女の心が上げている苦しみ。
声は相変わらず平坦なのに、苦しみもがく姿が見える。
考えて考えて…そして導き出した答えなのだろう。
「もう、俺にリナを守らせてくれないのか?」
長い長い沈黙。
リナはゆっくりと振り返ると俺を見上げた。
「……そう、よ…」
搾り出すような声。
揺らぐことの無い瞳は、それが既に決定事項だと告げる。
「わかった。」
あっさりと頷いた俺に、リナの顔が複雑に歪む。
別れを切り出したのは彼女のほうなのに…何故そんなに傷ついた顔をする?
「わかってくれて…よかった。」
「なぁ、リナ。」
「な、に?」
あぁ、もう泣きそうじゃないか。
「最後に1つだけ…いいか?」
「え…」
返事を待たずに抱きしめる。
小さな身体だ。
防具で身を固めても、それでもなお小さい。
力を込めれば簡単に折れてしまう程だというのに…
リナがもがく。
両手を突っ張るようにして俺から離れると、俯いたきり顔を上げようとしない。
だけど…泣きたいのはこっちのほうだ。
手にしたソレを眺めた。
見慣れた彼女の短剣…取られたことにすらリナは気が付いていない。
俺は髪を握り締めた。
「…ぇ?」
地面にばさりと金色の束が落ちる。
彼女の足元に、渦を描くように。
ようやく顔を上げたその目が大きく見開かれる。
「ちょ、ちょっと!?なにしてんのよ!!」
焦る声。
「何って?もう必要ないから。」
「何言って…」
「リナが…リナが『綺麗』だって言うから切らずに伸ばしてたんだ。それに願掛けも」
願掛けは、最初はばあちゃんのためだった。
だけど、願いは叶わなくてばあちゃんは死んだ。
『願いを叶えたいなら強くならにゃいかんよ…ガウリイ。泣くのはお止め…そして、強くなりなさい。そしたら―――』
そうしたら?
その答えは返ってこなかった。
その数年後俺は光の剣をもって家を飛び出した。
「…願掛け?」
そんなことリナに会うまで忘れていたんだ。
そして、ばあちゃんが言った強くなれって意味も…やっと理解した。
願いをかなえるためには俺自身が強くなくちゃいけないんだ。
髪を伸ばすことはただの気持ちの問題。
「”リナをずっと傍で守れますように…”でも、リナが付いてくるなって言うならもう必要ない。」
「ガウリイ…」
もともと、コレには意味など無かったんだ。
「願掛けも何もいらない。」
「………」
ただ、『綺麗ね』と言ってくれることが嬉しくて伸ばしていた。
いつの間にか、願掛けなんてのは二の次で。
「俺は離れないからな。」
最後の一房が切り落とされる。
風に吹かれて金色の糸が行く筋か流れていく。
言った意味が理解できないのか、リナは首をかしげた。
「え?」
その目を見つめて言い聞かせるように言葉をつむいだ。
「絶対離れない。リナが逃げても捕まえる。だから願掛けなんてしない。」
「……ガウリイ…」
願いは自分の力でつなぎとめてやると。
真っ赤に染まったリナの頬を両手で包み込んだ。
Fin
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