大きな手

【原作設定】





「ふわぁ〜お腹いっぱい。」

今朝出た宿のおばちゃんにお弁当を作ってもらったのだが…やっぱり大正解だった。
スパイスの効いた鶏肉のから揚げも美味しかったし、お芋のサラダも絶品だったし、おばちゃんお手製のパンが何より美味しいのだ。
ふんわりバターの香りがして柔らかくて、でも外側は香ばしくて。
ガウリイと奪い合うようにしてお昼を済ませると大きな欠伸が出た。

「あー。腹いっぱいだなぁ。」
「うん。お腹いっぱいになったら眠くなってきたわ。」

んー。と大きく伸びをしてそのまま後ろに倒れた。
芽吹いたばかりの緑の葉が強い匂いを放つ。
日差しは春のそれだ。
まだ吹く風には冬の名残があるけれど。
ぽかぽかと気持ちが良い。

「昼寝日和ねぇ…」

街道沿いの宿を出て、思ったよりも早く街に着いた。
宿場のある町の中心部まではまだ少しあるのだが、ここからなら1時間もかからないだろう。
少しのんびりするのも悪くない。
目を閉じると、風が青葉を揺らす音と、少し向こうで遊ぶ子供の声が聞こえてくる。
そして、隣の彼の息遣い。

「ね、ガウリイ。」
「ん?」

目を開けると、青い空をバックに彼が見下ろしているのが見える。
なんとなく呼んでみただけだったから次の言葉が出てこない。
しかし、それを気にするでもなく大きな手があたしの頭を撫でた。
いつもなら振り払うそれを目を閉じて受け入れる。
実際、撫でられるのは嫌いじゃない。
子ども扱いするそれならばムッとくるのだが、今日のそれは少し違う。
ガウリイの指をすり抜けている自分の髪。
少しむず痒いような、気恥ずかしいようなそんな気分であたしはまた目を開けた。

「寝ないのか?」

静かに聴いてくる彼に、うん。と頷くと起き上がる。
ん?と首をかしげた金髪に手を伸ばした。

「リナ?」
「…うん、ちょっと…」

さらりと指の間をすり抜ける金髪。
ろくな手入れもしていないのに、この艶。
ちょっと羨ましい。
どうしたんだよ?と聞くガウリイを無視して頭を撫で、髪を梳く。

「あー、なんかこういうのって気持ちいいな…」

大きな欠伸をして大人しく撫でられている。
今度はガウリイがごろりと横になった。
しかし…

「ちょっとガウリイ?」
「んー?」
「…なんで膝枕なのかな?」
「なんでって…寝るから?」

目を閉じたまま言う。
本気で寝る気の様だ。
脚がしびれるからあんまり長い間は嫌なんだけど。
少し乱暴にぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜ、それをまた撫で梳きながらあたしは空に眼を向けた。
雲ひとつ無い。
こんな日は本当に眠くなってしまう…。
そう思っていたときだった。

危ない!!

子供の声がして、そちらに目を向けると、まっすぐにあたしに向かって飛んでくるなにか。
避けれないと判断して、身を硬くし目を閉じる。
しかしそれは、顔に当たることはなく…パシン!と乾いた音を立てただけだった。

「……ガウリイ?」

いつの間に起き上がったのか。
彼があたしに向かって飛んできたそれを受け止めていた。
硬く巻いたタコ糸の上に皮を張って作った手のひらサイズのボール。
ガウリイはそれを手の中で遊ばせながら、懐かしいなーとか呟いている。
…いったいどういう反射神経してるのよ。と思わず呆れていると向こうから子供達が駆けてくるのが見えた。
木の棒を持った大柄な子が、ごめんなさい!と何度も謝る。

「別に大丈夫だったから良いわよ。」

そういうとホッとしたのか、また元いた場所に戻っていく子供達。
しかし少し先で立ち止まるとこっちを振り返った。
ん?と思っていると、兄ちゃーーーん!ボール返してーーー。と叫ぶ声。
ガウリイの手の中にはまだボールが握られていた。

「お、悪い悪い!んじゃ、いくぞー。」

そう言って立ち上がると、ガウリイは大きく振りかぶって投げた…投げたのは良いのだが、それは子供達の頭上を越えて反対側の茂みに向かって落ちていく。
わーーー、兄ちゃんのへたくそーーー!
子供達が今度は茂みに向かって駆けていく。

「なにやってるのよ…」
「あれ?」

呆れて呟く。
あの様子じゃ全力で投げたに違いない。
すると彼は、『ガキの頃は、思い切り投げてもあんなに飛ばなかったのになぁ…』と困った顔で手をにぎにぎ。
しかし、当たり前だ。
子供の頃の思い切りと、今のガウリイの思い切りでは力の差があるに決まっている。

「うーん…俺探すの手伝ってくるな。」

そう言うとガウリイはあたしの頭をひと撫で。
大きな手だ。
ねぇ、とガウリイを呼び止める。

「ん?」

振り返った彼に、「ありがとね。」と告げる。
「おぅ。」と短く返事を返して手を振り、彼は子供達のところに駆けて行った。
お日様みたいな笑顔で。







緑の野に寝転がる。


空は青空、日差しはあたたか。


遠くではしゃぐ子供たちの声。


それに混じるアイツの声。


大きな手は、今度は子供たちを撫でているのだろうか?


できれば、独り占めしたいものだと思いながら―――目を閉じた。





Fin




Short novel



2008.08.07 UP