おひさまのにおい

【原作設定】





息苦しくて、妙に枕が硬くて目を開けた。
カーテンの隙間から落ちてくる日の光に眩しさを覚えつつ…そのまま硬直。
理由は簡単。
目の前に金髪のそれがいるからだ。
しかもビックリするほど近くに。

「…な…んで…っ」

昨夜のことを思い出す。
柔らかな羽に包まれたみたいな記憶を辿って、思わず顔が赤くなる。
まぁ、早い話がこの自称保護者のクラゲと寝たって事で…こんな良い方じゃミもフタも無いけど。

「…うぅ…今すぐ消えたい…」

恥ずかしすぎて死ねると思った。
いっそ昨夜の記憶など、どこかに吹っ飛んでしまえばいいと思うのに、彼の声も言葉も…自分が何を言ったのかさえもハッキリと思い出せるのだ。
それもこれも、全部このクラゲが悪い!
…あんな声で囁かれたら、くらくらしちゃうもの。
いつもとぼけた事しか言わなくて、肝心な事ははぐらかしてばかりいたクセに…。
『リナ』
と名前を呼ばれるだけで泣きたいほど気持ちが伝わった。
何度も、何度も…。
それは甘くて心地よくて、キスの合間に紡がれる魔法。
思い返せば恥ずかしい事を…あたしも言わされたし…。
うっとりと微笑み、細められる青い瞳が芯を絞った獣油のランプに照らされて綺麗だった。
大きくて剣を握る無骨な指が肌を滑る感触も生々しく残る。
いろんなことを一気に思い出して身体が熱くなった時だ。

「ん…」

と上がるそれの声にあたしは思わず毛布の中にもぐりこんだ。
そーっと様子を窺うと、ぼんやりと寝ぼけた様子のそれが、今まであたしが枕にしていた腕を曲げて手をにぎにぎさせている。
どうやら痺れているようだ。

「…ガウリイ?」

声をかけると、ビクッと肩が震えた。
こっちまで驚いてしまうほどの反応。

「り、リナ…え?なん…で…」

なんでと聞かれても困る。
まさか…昨夜のことまで忘れたと言うのだろうか…?
そう思ったが、次の瞬間向けられた笑顔にそうではないと安心する。
優しく微笑んで頭を撫でられる。

「夢じゃなくて良かった。」
「…へ?」
「だって、リナの姿が見えなくて…昨日のあれは夢だったのかなって…」

出て来いよと言われて、しぶしぶ顔を出すと頬に触れる手。
キスしていいか?と囁く声は甘くて…あたしは素直に頷いた。

「んっ…ふ…」

覚えたばかりのその行為にはまだ慣れなくて…妙に力が入ってしまう肩。
ぎゅっと握り締めた手の平も包まれて、指を絡め取られる。
気が付けばいつの間にかあたしを見下ろしているそれ。
昨夜見たあの瞳が、今は明るい光に照らされてやっぱり綺麗だった。

「がう…り…」

あぁ、だめだ。上手く喋れない。
頭の中がぼーっとして、高熱が出たときのように身体に力が入らない。
『リナ』と呼ばれただけなのに、どんな愛の言葉よりも嬉しい。
またキスで口を塞がれて、ふわふわと夢の中のような感覚になっていく。
幸せという感情があふれ出てきて、なんだかくすぐったい。
でも…まだ少し怖い。
そう思っているのを悟ったのだろうか?

「…リナ、リナ。」

唇が離れたと思ったら、今度はぎゅっと抱きしめられて猫の子にするみたいに頬をすり寄せてくる。
ちゅ、ちゅっと顔中にキスする勢い。
がらりと変わる雰囲気にどこかでホッとする自分が居た。

「ちょ、ガウリイ、やだぁー」

くすぐったいから!と、身をよじる。
でもそうすれば、そうするほど、青い瞳がいたずらっ子みたいな色に染まり…ヤダね。と笑うとくすぐったい愛撫を再開する。
子供のじゃれ合いのよう。
きゃっきゃと笑って布団に潜ったそれの背をぽかぽかと叩く。

「がうり、ひゃっ…ホントくすぐったいってばぁ!」
「降参するか?」
「嫌ぁー!って、あははは、そこ駄目くすぐったーーい!!」

わき腹が痙攣しそうなくらい笑った。
もぞもぞと這い出してきたガウリイがあたしを見下ろす。
笑いすぎで目じりに溜まった涙を指で拭う。

「リナの負け。」

クスリと笑う。
あたしは、ぷぅっと頬を膨らますとズルイわ!こんなの!と抗議したが聞き入れてはもらえないようだった。

「さ、冗談はこれくらいにして…もう一眠りするか。」
「へ?だって出発はどうするのよ…?」

窓の外はいい天気だ。
すこし寝坊したっぽいけどまだ朝食の時間帯。食堂だって開いている。
宿だって連泊の手続きはしていないと言うのに。
そう言うとそれは首をかしげしばらく考えて、それもそうだな。とベッドを出た。

「ガウリイ?」
「食堂で適当になにか頼んで持って来るよ。腹減ってるだろ?」
「…そりゃまぁ…でも下に行って食べるわよ。わざわざ持って来なくたって。」

起き上がろうとすると肩を押されてベッドに戻される。

「ちょっと…」
「宿も連泊頼んでくるし、隣のリナの部屋もキャンセルしてくるから。もう少しここにいよう…な?」

駄目か?と見下ろされる。
ガウリイ得意の捨てられた子犬のような目だ。
声もだけど、この瞳も卑怯…嫌だとは言えなくなる。

「…じゃぁ…そうする。」

素直に頷くと、大きな手が頭を撫でた。
そして着替えると、大人しく待ってろよと言い残して部屋を出て行った。
それの気配が階下に消える。
するとまた一気に身体から力が抜けた…いや、急に身体が重くなったように感じたのだ。

「あ、あれ…?」

どうやら気が付いていなかったが、あたしはずっと緊張状態だったようで…
身体は思っている以上に疲れていた。
水泳をした後みたいな、まったりとしただるさ。
それに気が付けば眠気まで襲ってくる訳で…

「ふあ…」

欠伸をすると目を閉じた。
顔に当たる日の光が眩しいけれど気にしない。
さっきまでガウリイが寝ていた場所に頬を寄せる。
おひさまのにおいがした。




Fin




Short novel



2008.08.17 UP