余裕ってのが無くなってきた様に感じ始めたのはいつだっただろうか…?
求めて止まないものを手に入れたときからだろうか?
いや、余裕が無くなったから…耐え切れずに手をだしたのだが…
身体を重ねるたび我を忘れる。
溺れているのだ…彼女に。
今夜も暗い室内に荒い息遣いと、安宿のベッドが軋みを上げる音だけが響く。
月は分厚い雲の向こうにその姿を隠して見えない。
彼女の姿も微かなシルエットのみ。
明かりがあると嫌だ…と真っ赤になって首を降る姿は初めての頃と変わらない。
少し惜しいと思う気持ちを隠して…いつもランプの火を消す。
夜目は利くほうだ。
細かい表情までは見えないけれど…リナが追い詰められていくのを感じる。
「……っ、ぁ」
押し殺した声。
もっと、もっと啼かせてやりたいと激しさを増す中で必死に耐えるそれがいじらしい。
俺を喜ばせているだけとは気が付かないんだろうな…。
「リナ…」
口付けようとしたところで、窓から月の明かりが差し込む。
映し出されたのは白い裸体。
潤んだ瞳。
薄く開いた唇からは熱い吐息と共に鼻にかかった声がもれる。しかし―――
「………。」
そこにいたのは、知らない女だ。
一瞬で身体の血が引いていくのが解る。
吹き出た汗も凍りつく。
しかし身体は行為を続ける…口付けて、混乱する頭で知らない女を抱いた。
心と身体が一致していない。
誰だ?これは?
何故俺は…リナじゃない誰かを抱くんだ?
自分に対して、リナに対して…酷い裏切りを感じた。
結局誰でも良いって事なのか?
リナを手に入れたのも…たまたま近くにいたのが彼女だったから…だから…
「…ちがう」
即座に否定して止んだ行為。不審に思ったのか…女が、硬く閉じた目を開いた。
大きく上下する肩。
力なく伸びてきた手が俺の腕に触れる。
「どうか…した?」
乱れた息を整えて聞く女の声にハッとする。
知らない女なのに、彼女と同じ声。
「…り、な?」
「なに?」
確かめるように名を呼んで、帰ってきたのはやはり彼女の言葉。
ごくりと息を飲んだ。
俺が見ているのは確かに知らない女なのに…
リナはいつもどこか危なっかしくて、目を離すと何をするかわからないくらいハチャメチャな奴だ。
元気が良くて、意地っ張りで、頑固で鈍感。
良くも悪くも騒動を引き寄せる天才とも言える…そんな彼女がこんな風に大人しく…俺にされるまま組敷かれているなんて…ありえない。
だからコレは知らない女だ。
「…ガウリイ…怖い顔してどうしたのよ…?」
考える間に強張った表情。
月の光は相変わらず、知らない女を照らしている。
不安げに揺れるそれは、頼りなくて儚げで…俺の知る彼女じゃない。
じゃぁ、コレは誰だと言うんだ?
「ねぇ…」
沈黙に耐えられなくなったのか、大きな目が俺を見つめた。
中途半端に投げ出された所為か…何か訴えるようなその視線に反射的に熱くなる己の身体。
「ガウリイ…よね?」
確かめるようにそれが聞いた。
俺なのかと。
どういう意味なのか解らず…そのまま聞き返すと困ったように目を逸らせた。
「だって…時々ガウリイじゃないみたい…」
「え?」
知らない人に見えるわ。と彼女は言う。
「だって…こんな風になるまで…思いもしなかったもの…ガウリイだって男の人だったってこと…」
「………。」
その言葉に俺は理解した。
知らない女なんかじゃない…コレはリナだ。
今まで見せることの無かった顔。
俺が引き出した姿。
太陽の下では見ることの出来ない…もう1人のリナ。
昼間の彼女が太陽の色なら…さしずめ夜の彼女は…
「…つきのいろ…かな。」
「は?」
きょとんとする彼女に微笑む。
なんでもないよと。
なんなのー!?と不満げなそれに口付けた。
互いに知らない顔を持っていただけなんだ。
いままで気が付かなかっただけで…。
「なぁ、リナ?」
「ん?」
「もう一回な。」
「へ?ってちょ……コラっ!?」
窓から注ぐ月の光を浴びながら…知らない顔のリナを抱きしめた。
Fin
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