「あたし、もう寝るわ。」
先刻から船を漕ぎ出した彼女はそう言うとふらふらと立ち上がる。
無理も無い。
大金持ちのお嬢様のボディーガード。
しかも彼女は大の男嫌いでリナ以外決して屋敷内に入れようとしないのだから彼女の負担ばかり大きくなる。
その分、報酬は倍以上なのだが。
「大丈夫か?」
「へーき…」
我侭なお嬢様。
命が狙われているにもかかわらず、買い物だ、演劇だとリナを引っ張りまわしてやりたい放題。
いつものリナならお嬢様だろうがなんだろうが、魔法で吹っ飛ばす!
とまではいかないもののスリッパの一撃くらいはあびせているのだろが、今回はそうは行かない。
「部屋まで運んでやろうか?」
俺がそういうと、周りの依頼仲間がケラケラ笑う。
どれもこれも酒が回って、下品な想像しかできないらしい。
浴びせられる言葉に悪意は無いものの、彼女の気分を害するには十分すぎる内容だ。
無言でテーブルを離れる。
眠たげに落ちかけていた彼女の眼は、今は完全に据わりきっていた。
馬鹿な奴らだ。
ここ数日、同じ依頼を受け彼女を見てきて何故解らないのか。
何故、理解できないのか…俺にはわからん。
「モノヴォルト!」
酔っ払った男の肩に手を乗せ、呟くと短い悲鳴を上げテーブルに突っ伏す男。
ひっ!と息を呑む別の声に向かって彼女は睨む「なんか文句あるわけ?」と手を突きつけた。
目の前の小さな手に怯える奴ら。
彼女の手がこんなにも小さいことに気が付いていないのだろうな。
強大すぎる魔力にばかり眼が行って。
悪名高き名前にばかり騙されて、誰も本当の彼女を見てはいない。
「リナ」
「なによ?」
「それくらいにしとけ」
「…やだ」
コトリとグラスをテーブルに置くと、肩に手を添える。
…ほら、彼女はこんなにも小さい。
俺を振り仰ぐ眼。
随分泣いたんだろう。
少し腫れた目を隠すように顔を逸らす。
「寝る」
「あぁ、付いていかなくて大丈夫か?」
「大丈夫。おやすみ」
肩にあった俺の手を振り払うようにして背を向け食堂を出て行く彼女。
バタンと音を立てて閉じた扉に向かって、おやすみと呟く。
彼女は優しい。
誰よりも優しく、そして強い。
「っ…う…ん?」
「お、生きてやがったか?」
振り返ると、リナに雷撃を食らわされた奴が頭を抑え首を振り起き上がったところだった。
他がそう笑いながら聞く。
当たり前だ。と男。
そしてキョロキョロとあたりを見渡し、彼女がいないことを確認すると安堵の息をついた。
「ったく…短気な譲ちゃんだ。冗談ってのが通じねぇ」
「ま、なんていったって”あの”リナ=インバースだからな」
「可愛い外見は相手を油断させるためで、本当の姿は極悪非道の90過ぎのババァって話だぜ」
「噂どおりなのは、平らな胸くれぇだな!」
「まったくだ!」
げらげらと彼ら。
いつもの彼女がここにいたなら竜破斬ものだろう。
何時までも彼女が出て行った扉の方ばかり気にする俺に中の1人が言う。
「よく、あんな凶暴で色気の無い譲ちゃんと旅なんかしてられるなぁ?」と。
あんたなら、良い女選り取り見取りだろう?とも。
結局、うわべだけしか見れないのだ。
心の本質などわかりはしない。
彼女のことを、こいつ等が理解できるはずが無い。
「まぁ、あんたらにはわからんだろうな。あいつの良さってのはな」
一言呟いて彼女の後を追う。
扉の向こう膝を抱えて泣いているであろう彼女の元に。
―――ねぇ、リナ。わたしもうすぐ死ぬのよ。―――
偶然で会ったお嬢様はリナにそう言った。
そして、あの日救えなかった彼女にとてもよく似ていた。
綺麗な銀色の髪…
苦い記憶を思い出すには十分すぎる。
彼女が死に、そしてそれを追う様に狂い壊れていった奴が残した傷跡は今も深く胸をえぐる。
「リナ…」
「…がう、り…」
顔を上げ俺を見上げる。
その顔がくしゃりと歪み、無理矢理笑みを作ろうとして失敗したのかごしごしと眼をこする。
「なにやってるのよ?この扉からこっちは男子禁制よ?」
呟く彼女を抱き寄せる。
何?と暴れるでもなく収まっている小さな背を撫でた。
「泣けば良い。」
「…なにが…」
「辛いこと、思い出したなら泣けば良い。お前さんの気が済むまで胸くらい貸してやる。」
「いらないわよ…汗くさいし。」
「…あのなぁ…」
日中、日差しが強い外警護なんだから仕方が無いだろう?
と言うと、ふふっと小さく笑いが漏れる。
「…そうね、貸してくれるっていうんだから…とりあえず、かりて……ぅ、っ…」
声も出さず泣くのが彼女らしい。
誰も知らない彼女の良さ。
でもそれは、俺だけが知っていれば…それで良い。
Fin
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