マジックショップに出かけたリナが、なかなか戻ってこない。
盗賊から奪った宝石を加工してそれを売りに行ったのだが…それにしても遅い。
もう3時間になるだろうか?
「…値段交渉が白熱してるのか…?」
ガウリイは手入れしていた剣を鞘に収めると宿を出た。
街は今朝から活気に満ちている。
それもそうだ。
年に一度のお祭りなのだから。
シルフィールは街の神官から依頼を受けて、巫女の仕事に出かけた。
ナーガはしばらく前から行方不明だがそれもいつものことだからとリナは気にしていない。
「夕方には出店を片っ端から回るって張り切ってたのにな…」
にぎわう大通りを歩きながら街に一軒のマジックショップを目指す。
確か、美味いパン屋の隣だったはずだ。
「お、正解」
香ばしいにおいがして、カーブした通りを曲がるとパン屋と目的の店があった。
机を店の前に並べて、即席の露天準備をしている店主に声をかける。
栗色の髪の小さな魔道士の女の子が来なかったか?と。
「あぁ、あのちっこい譲ちゃんなら随分前に帰ったぞ?」
「へ?」
「いやー、あの口の良く回ることといったら…予定より随分高く買い取っちまった」
まぁ、なかなかの細工だから妥当な値段って言えばそうなんだけどな。
と店主は笑い机にリナが作った、色とりどりのジュエルズアミュレットを並べている。
どれもこれもガウリイには同じに見えるのだが、使っている宝石によって意味が様々らしい。
リナが昨晩熱心に説明してくれたのだが…覚えているわけがなかった。
ただ、『まぁ、宝石が違うだけでかけてる魔法はいっしょなんだけどねー』
『それってなんか詐欺っぽいな』という会話だけは覚えている。
こういう祭り時には打ってつけの商品なのだとも言っていたっけ…
しかし、リナはどこに行ったんだろう?
まっすぐ宿には戻ってこなかった。
他の店に寄る用事でもあったのだろうか…
ガウリイは再びリナを探して通りを歩く。
もう少し先に広場があって、一応そこがメインストリートの端っこだ。
その手前で見慣れた栗色を見つけた。
銅像の台座に座ってぼんやり反対側の通りを眺めている。
ふとガウリイも目を向けると、ちょうど目の前の店からリナと同じ年頃の女の子達が出てきた。
みんなふんわりとしたドレスを着て、髪に花を飾って…
「へぇ、リナもそういうの興味あるんだな」
下から声をかけると、はじかれたようにそれが見下ろした。
そして、すぐにムッとした顔になる。
「………べつに。興味ないもん」
ぴょんと飛び降りてガウリイの横を通り過ぎ宿に向かって歩き出す。
しまったと、思ったときにはもう遅い。
気を悪くさせるつもりは無かったのだが、謝ればリナは余計にへそを曲げる。
そういう難しい年ごろだった。
ずんずんと宿に向かって歩いていく小さな背をガウリイは見つめ…ふと気付く。
本当ならばまだ故郷で親に甘えていてもいい歳だ。
可愛い服を着て、友達と遊んで…ふっと、ふたたびリナの足が止まる。
すぐ後ろを歩いていたガウリイはぶつかりそうになっておもわず声を上げた。
「うわっ…」
「………」
「お前なぁ…危ないだろ、いきなり止まったら」
リナは答えない。また道の反対側を見つめていた。
目を向けるとさっきの子たちがなだらかな坂道をおしゃべりしながら歩いている。
一人が先を指差して手を振った。
リナの視線が動くのに合わせて、ガウリイもそれを確認する。
1ブロック先の店の前に、男の子たちがいて同じように手を振っているのだ。
あぁ、そういうことか
ガウリイはふっと笑った。
リナもやっぱり、女の子なんだなぁ…と。
「なぁ、リナ?」
「…なに?」
「ちょっといいか?」
小さな手を引いて、来た道を戻る。
ガウリイどうしたのよ?と聞くリナに微笑んだ。
良いこと思いついたんだと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ガウリイが思いついた事って…これなの?」
「おう。レンタルもしてくれるんだってさ、便利だよな」
「…そうじゃなくて…」
「なんだ?リナに似合うと思ったけど気に入らなかったか?」
むすっとしたリナはふんわりとした淡い水色のワンピースを着て目の前に立っていた。
よくお似合いですよと愛想のいい店員が褒めるがリナの顔は難しいままだ。
色が気に入らないのかとガウリイは首をかしげた。
「似合うと思うんだけどな…あっちのピンクのにするか?」
「まぁまぁ!!あちらもかわいらしくてお似合いだと思いますよ」
今お持ちしますねと試着室の前から店員がいなくなる。
リナはやっぱり難しい顔のままガウリイを見ていた。
「どうした?」
「…なんでこんなことするの…」
「ん?」
「べ、べつにあたし、あの子たちがうらやましくて見てたわけじゃないのにっ!!」
どうやら、ガウリイに心を見透かされたのが気に入らないらしかった。
女の子らしく可愛い服を着てみたいと考えていたことが恥ずかしかったのかもしれない。
子供には子供なりのプライドがあるのだ。
ガウリイはふっと笑うと、リナの頭に手を伸ばした。
柔らかくて癖のある髪にそっとピンクの花を飾る
リナが着替えている間にすぐ目の前の露店で買った。
甘い匂いに目を細める。
「俺が見て見たかったんだからいいだろ?」
「でも…」
「いいじゃないか、かわいいんだから」
そう言ってガウリイが褒めると、リナの顔がみるみる赤くなり、『やっぱりヤダ脱ぐ!!!』と騒いだ。
綺麗な服を着て素直に喜ぶだけの女の子らしさというものに抵抗があるらしい。
そこに、ピンクのドレスをもって店員が戻ってきた。
「あらあら?今日のコンテストには参加しないのですか?」
「コンテスト?」
「えぇ。妖精コンテストがあるんですよの」
対象は丁度リナくらいの女の子だった。
むかし、この町が出来たころ、酷い干ばつに見舞われて…多くの住人が街を去ったらしい。
にぎやかで楽しいことが大好きな妖精はそれが悲しくて何日も泣いた。
泣いて泣いて…気がついたら雨を呼んでいた…というちょと無茶な昔話があるのだと店員は笑っていた。
「優勝者は、この街のスイーツ一日食べ放題なんですよ」
「た、たべほうだい?」
これは、トドメの一言だったに違いない。
リナの目がキラキラ輝いた。
既に小さな彼女の頭の中には、優勝とスイーツしか無いのだろう。
せっかくのドレスを脱ぐと言わなくなったのは良かったのだが、これではなんとも味気ない。
ふと思いついたようにガウリイは、丁寧に礼をとり右手を差し出した。
まるで騎士のように。
「それでは参りましょうか?お姫様?」
「な、なに…どうしたのいきなり?」
「ん?せっかくそんな格好してるんだから良いじゃないか?」
ガウリイはくすりと笑うと、行くか?ともう一度手を差し出した。
いつものように。
リナは、ガウリイの顔と手を何度か見比べ、頬を染めるとこくりと頷き、大きな手に自分の手を重ねる。
僅かだが緊張した様子に思わず『デートみたいだなぁ』とガウリイが呟くと、
面白いくらい真っ赤になったそれが叫んだ。
「ち、ちがうもん!!あくまでこれはケーキ食べ放題のためなんだから!!」
「はいはい」
「デートなんかじゃない!!」
「わかってるよ。服もよく似合ってる」
「あ、あたしはべつにこんなひらひらした服着たいわけじゃないんだからね!?」
「うんうん。優勝しような」
あたしが優勝にきまってるわ!と言い返すそれの手を引いて店を出た。
Fin
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