恋の歌

【原作設定】





リナは時々…とんでもない爆弾を投げてくる。






少し遅めの昼食を着いたばかりの街の食堂で奪い合い、一息ついたころだった。
リナがデザート何にする?といったくらいの気軽さで質問してきた。


『ガウリイもやっぱりえっちとかするの?』


ぶっ!!と思わず飲んでいた水を吹きだしても仕方ない。
汚いわね!!とリナが抗議の声を上げるがそれも耳を通過していくだけ。

さぁ、問題だ。
今リナは何て言った?
俺はなにと聞き間違えたんだ?
それにしても、よりによって『エッチをするのか?』なんて…なんでそんな言葉と聞き間違える?
…溜まってるのかな…
などなど自問自答しているガウリイに、リナがさらに明るくトドメを刺した。
何人くらいと付き合ったの?と…
これはもう、聞き間違いなどではない。


「な、なんだ?どうしたんだ急に?」
「んー?なんとなく気になっただけ」
「気になったって…普通聞くか?そんなこと…」
「ふむ…否定しないってことは行ってるんだ…すけべな店」


ずずっとオレンジジュースをすするように飲みながらガウリイを見る視線に責めるような含みは無いものの…ガウリイは息を詰まらせた。
ここは茶化してごまかすべきだろうか?
それとも本気で答えるべきだろうか…

すこし悩んだ後、ガウリイは言葉を選ぶようにぽつりと呟いた。


「あー、えっとな…うん…まぁ昔はそこそこに…」
「へー」


気まずい。非常に気まずい空気が流れる。
リナは何故いきなりこんな話をしてきたのか…視線を一か所にとどめておけずにあちこちさまよう。
挙動不審。
そんなガウリイの耳に、甘い音色の歌声が届いた。
実はさっきから歌われている吟遊詩人の歌だ。
宿に泊まると、時々出くわす彼らは、旅をしながら歌を歌っている。
歌と言うよりは物語。
よくある姫と騎士の恋物語り…あぁ。と納得した。


「僕の心は君だけのもの。血も肉も全て君に捧げると生まれた時から決まっていた〜か?」


今歌っていたばかりの一節をきいてみると、リナが嫌そうな顔で頷いた。
オレンジジュースを飲みながら、矛盾してるじゃない。と首をかしげる。
何が矛盾しているか、歌を最初からちゃんと聞いていなかったガウリイにはわからなかった。


「あの歌の1番さ、ロマンチックな言葉で纏められてたけど、簡単に訳すとね…」
「うん?」
「新米騎士にも関わらず、僕は戦場で成果を上げたんだ。勇者様素敵☆とたくさん女の子がよってきたぜ。
僕は紳士だから綺麗な彼女たちを渡り歩き皆を幸せにしてやった。…よ?」


ロマンのかけらも無く訳せばそういうことらしい。
それが、2番で一転…姫に恋して守り抜くという話になっている。
リナが気に入らないのはそこだ。


「だって、昔散々遊び倒して置いて、今更僕の全ては君のもの☆って都合よくない?」
「…う、まぁ…確かに」


そういわれればおしまいだ。
でも、あの歌の気持ちが分からないでもなかった。
恋に落ちる相手がいるとわかっていたのなら…馬鹿な遊びはたぶんしなかっただろう。

ガウリイはいつもよりいくぶん真面目に口を開いた。


「傭兵になりたてのころ…」
「ん?」
「…人を殺す度に…そういうのに逃げてた時期があった…」


最初はただ震えていた。
ガクガクと剣を握ることすらできないくらい。
…それでも弱みなど見せられず、なんでもない顔をしていた。
夜一人になって、膝を抱えるように眠ることはしょっちゅうだった。

そうして、そのうちに、別の解決法を見つけた。
特に好きだったとか、相手が好みだったということはない。
人の肉を切り裂いたあの感触を忘れるためなら誰でもよかった。
これを言えば最低だと思われるかもしれない。

ガウリイは黙ったが、リナは察したようだった。


「男の人ってそういうのに逃げるのね。手っ取り早いから?」
「まぁ…そういうことなんだろうな…弱いと思うか?」
「…べつに」


リナの表情は特に変わりなかった。
そういえば、リナはどうだったんだろう?
こんな生活をしているのだ。人を殺さず生きていくのは難しい。
それが例え悪人だとわかっていても、気分のいいものではない。
しかし、次第にそんな感覚は薄れていく。
罪悪感はあるが、それに押しつぶされないだけの何かが心に出来る。
それを、彼女はどうやって見つけたのだろう?


「リナは強いよな…」
「あぁ…うーん…どうかしらね。逃げてたと思うわ」
「そうか?」
「うん。しばらく何もしないでぼーっとしてたり、無意味に野良猫に餌あげて怒られたり」


そうしているうちに、馴れてしまったとリナ。
死に鈍感になったわけじゃない。
割り切れるようになったのだが…あの頃の自分に比べれば彼女はずっと強いとガウリイは思った。


「今は?」
「ん?」
「今は…その…逃げ出したくなる時無いの?」


どうやらそういう店に行きたくならないのか?と聞きたいらしい。
ガウリイは首を振った。ならないよと。
性的な衝動が無いわけではない…ただ欲しいと思うものが別なだけ。
今は、すぐ手に入る快楽が欲しいんじゃない。
ただ一人の心が欲しいのだ。


「ふ、ふーん…あ、あんたもそういうのに頼らなくなる程度に進化したってことなのね」
「おう」


『リナが好きだから』その言葉はまだ胸の中。
旅の吟遊詩人が歌うみたいに、俺の全てはリナのものだと伝えたら怒られるのだろうか…
少なくても、まだ伝えるときじゃない。






”愛している”と歌う声が自然と口からあふれ出るまで…




Fin




Short novel



2010.05.28 UP