時給5万のお仕事

【パラレル】





「…勤務時間0〜4時で……時給、ご、ご、ごまん!?」


今朝の朝刊に挟まっていた求人広告。
あたしは迷わず電話した―――








              - Merry Christmas -








「リナ、それどう考えてもヤバイ仕事だと思う」


友の第一声はそれだ。
リナは机に突っ伏しながらコクコク頷いた。
今朝はどうかしていたのだ。
前日の飲み会で帰りが遅かったし、調子に乗って結構飲んだからまだ酒が残っていたのかもしれない。


「えーっと採用事項は他に…『18歳以上(高校生不可)』と『清らかなる人』…随分アバウトね」


何故電話する前に気がつかなかったのだろう。
これはどう考えても……


「援助交際か、風俗か……良くてキャバ嬢ってところかなークリスマスイブで人手が足りない…にしては時給高すぎだけど」


呑気な声に、リナはようやく顔を上げた。
人ごとだと思って…と恨めしく口にするも、実際人ごとなのだから仕方ない。
リナの持ってきたチラシを丁寧に折りながらアメリアはクスクス笑った。


「キャンセルの電話すればいいじゃない。急に用事が出来たから〜とか適当に理由付けて」
「…まぁ、そうなんだけどね…」
「出来ない訳でもあるの?」


うぐっとリナは言葉を詰まらせた。
実は今朝の電話で、聞かれるままに住所氏名電話番号…おまけに実家の連絡先まで答えてしまったのだ。
しかも、既に口座には先払いで20万振り込まれている。
お金返せば良いじゃないというアメリアの言葉にリナはぶんぶん首を振った。


「もしも、万が一実家に連絡なんかされたらどうするのよ!?」
「…あぁ、まぁ……そうね」
「あたし姉ちゃんに殺されるわ!間違いなく来年の日の出は拝めないっ!!」


想像しただけで恐ろしい。
と言うわけで、仕事を断ることもサボる事も出来ないのだ。
ついでに言えば、少々金欠気味だったので出来れば20万は欲しい。
リナは開き直った。


「ヤラシイことされそうになったら、相手をぶん殴って逃げるって事で…やるしかないわ」


今年のプレゼントは防犯グッズにするわね。とアメリアは呟いた。








【12月24日 23:50】


「…迎えに来るって書いてあったけど……どうしよう、厳ついオッサンが乗り込んできたら…」


迎えは断って、自分から出向けばよかった。
こんな危なそうなバイトに電話したことから既に後悔だらけだ。
いつもの自分ならこんな迂闊なまねはしないはずなのに…どういうわけかこうなってしまった。
そこら辺が、何度考えても不思議で仕方が無い。



 ―コンコン―



考えていたら突然ノックの音が響いた。
リナは玄関に向かおうとして、足を止める。
何故インターフォンじゃないのか…しかも音は窓の方からしなかっただろうか?


「………」


おそるおそる振り返る。
オレンジ色のカーテンの向こうは夜の闇。
ついでに言えばここは地上12階…



 ―コンコンコン―



再びノック。
これはもう気のせいでは無い。
リナはおそるおそる窓に近づくとカーテンを開けた。


「あぁ、起きてた。お前さんリナだろ?」
「え、あ…はい」
「あーーー良かった。間違ってたらどうしようかと思った」
「はぁ…」


そこに立っていたのは…知らない男の人。
金色の髪を風になびかせながら、何故かサンタのコスプレをしている。
ここで『ちがいます』と言ってカーテンを引いてやったらどうなるんだろう…とリナは思ったのだがそれより先に頷いてしまっている。
その男はニコニコと人の良い笑みを浮かべながらカラカラと窓を開けた。
その様子をじっと見つめながらリナは、鍵…開いていたっけ?と首を傾げた…


「急なバイトだったのに引き受けてくれてありがとな」
「もしかしなくても…貴方が雇い主…なのね?」
「まあな。えーっとあんまり説明してる時間が無いんだ、さっそく仕事ってことで良いか?」
「…仕事って…」


困惑するリナに男は笑う。『この格好見てわからないか?』と…
だがしかし、サンタのコスプレが何だと言うのだ?
リナはうーんと唸り考え…何かひらめいたのか手を打った。


「わかった、イメクラ!!」
「違うっ!」
「あ、そっかそうよね、あんた男だもんね……えーっとホストクラブ?」


それにも違うと首を振る。
しばし不毛な職業当てクイズをしていたところで、男の腕時計がピピピと音を立てた。


「ヤバっ!?とにかく時間が無いんだ乗ってくれ!」
「乗るってどこ、うきょわあああああああ」


唐突に、リナの腕を掴むと窓の外に引っ張り出した。
地上12階。しかも男がいた窓の外には人が立てるような出っ張りは無い…ということを身体が窓の外に出た瞬間思い出した。
夜の風が髪をなぶり、眼下に街の明かりがちらついた。
リナは反射的にぎゅっと目を閉じる。
身体が落下する感覚がして『落ちるっ!』と思った瞬間…両足が何かについた。

恐る恐る目を開けて息をのむ。
「大丈夫か?」と聞く声にハッとし、振り仰ぐと思ったより近くに青い瞳があった。


「そんなしがみ付かなくても落ちないぞ?」


困ったように頬をかくそれから慌てて離れようとして、高さを思し断念する。
力を抜いて自分が今どうしているのかを確認した。


「………空飛ぶバイク…しかもサードカー付き…」
「かっこいいソリだろ?」


いや、違うしという言葉は飲み込んだ。
メタルレッドのボディ…確かに良く見ればトナカイのロゴが描かれている。
だがこれはどうみても…バイクだ…宙に浮いてる以外は…すごく普通だ。
リナが困惑していると、男が座るように合図した。
とりあえず、開けっぱなしの窓を閉めると座席に座った。


「足元の袋にマント入ってるからそれ羽織って」
「え、あ…うん…」
「あと、地図と住所録も入ってるからよろしくたのむな」


どうやら地図を見てナビゲートするのがバイトの内容らしかった。
彼曰く、内蔵型のナビが壊れたらしい。
『修理すれば良いのに』と、リストに書かれた最初のマンションへ案内しながら言う。
だがしかし、それだとソリが戻ってくるのが年明けになってしまうらしかった。


「…そういう理由なら仕方ないわね…」
「だろ?で思いついたのがバイト募集って訳だ」
「でも、あんな見るからに怪しいチラシに応募してくる人なんていないんじゃない?」


寝起きの頭と二日酔いでボケていたから電話してしまったが、普通ではありえない。
怪しすぎる。リナがそういうとサンタはにっこり笑った。


「あれな、ある程度条件満たした人間にしか読めないようになってるんだ♪」
「はい?」
「電話番号まで読み取れたってことは、それでもう合格って事」


理屈は分からないが、まぁ…思っていた怪しい感じのバイトでないなら良いということにしよう。
リナは気を取り直し地図と住所を照らし合わせた。
バイトの時間が4時間ってことはこういうことか…。


「夜明け前までに全部の家を回れるように案内すればいいってことね?」
「おう!」
「それじゃあ…とりあえず北から順番に終らせましょ」
「よろしく頼むな、リナ」


サンタ曰く”ソリ”は音もなく空を走る。
相当の寒さを覚悟したが、ひんやりはしているが震えるほどではない。
つくづく不思議だった。
もしかしたら夢を見ているのかもしれない。
リナは地図の印を確認し、家を指示ながらぼんやりとそんな事を思った。

これがもしも夢ならば、聞いてみても良いだろうか…?


「ねぇ?」
「なんだ?」
「サンタって名前あるの?」


きょとんとリナを見つめる青い瞳。
聞いてはいけない事だったのだろうか?
それとも”サンタ”が名前なのだろうか…
リナが考えていると、それはにこりと笑った。


「ガウリイだ。でもホントは教えちゃいけない決まりだけど、クリスマスだから特別な?」
「りょーかい」


それじゃぁサクッと終らせようと、音もなくソリは夜空を駆けた―――




Fin




Short novel



2010.12.25 UP