疲れたのならこれをどうぞ

【パラレル】





目を開けて最初に見えたのは、見慣れてしまった簡易テントの骨組み…






「なんだ…生きてるのか」


誰にも聞こえないくらいの声で呟いたつもりだった。
しかしすぐにぺちりと叩かれる。
目を向けるがやけに視界が悪い。


「………」


触れると顔の右半分を覆うように包帯の感触。
もう少し首を傾けて見慣れた色の瞳が見えた。


「…相変わらず、だな」
「なによ」


不機嫌に眉間にしわを寄せるそれは少々薄汚れているもののいつもどおりぴんぴんしている。
この戦場でなんと運のいいことか…
ゼルガディスはホッと息をついた。
目を閉じると最後に見た景色を思い出す。

地面が抉れ、目の前で仲間が数人吹っ飛んだ…
だから無茶な作戦だと言ったのに…と胸中で無能な上官に悪態をつき、生き残りに後退するように声を張り上げた。
視界の右半分が赤く染まって何も見えない。
こんな状況で敵に囲まれては全滅だ。
だが、悪い予感というのは現実になる。
額の傷を抑え、後退しようとしたそれの耳に銃声が聞こえた。
誰かがそばにやってきて「敵兵です!!」と声を上げていた。
すっかり囲まれて、どうにも身動き取れなくなった。
情けない話だが、ゼルガディス自身も出血のためか意識が朦朧としている。
これは駄目かもしれないなと見上げた空は血の色だ。 どいつもこいつも、軍学校を出たばかりのひよっこどもだから…もう、駄目だ…とそんな雰囲気が自然と溢れても仕方ない。
その時、よく通る声が響いた。
『戦意喪失するくらいなら、あたしに銃よこしてあんたたち勝手に死になさい!!』
銃を構えてすぐそばに小柄なそれがいる。
銃撃戦は続いている。
長引けば不利になるのは圧倒的にこちらで…

どうやってあの場を逃れたのか…思い出そうとしても無駄だった。
その頃には意識をなくしていた。
浮かんだ疑問を口にすると、リナは嫌そうに顔をゆがめた。


「…どうやって…助かった?」
「………」
「リナ」

「お、目が覚めたみたいだな」


聞きなれない声がしてテントに光が入る。
待ち伏せを受けたのが夕方だったから、どうやら日が昇るまで気を失っていたということだろうか…ゼルガディスは声の主を振り仰ぐ。
金色の髪が女のように長い…


「誰…だ…」


男がにこやかに名を告げる。
だがしかし、当然聞き覚えなど無い。
ゼルガディスは先ほどから不機嫌を垂れ流しているリナに目を向けた。
雰囲気から察するに知り合いのようだ…


「おい、リナ…」
「…最悪よ…」
「え?」


苦虫を噛み潰したような顔をするそれをニコニコと眺めている金髪。
無造作にリナの頭をわしわしと撫でると、「貸し一つだからな」とテントを出て行った。
一体なんだというのだ…
リナが説明してくれないからよく分からないが、どうやらさっきの男のおかげで生き延びたようだと彼は理解した。


「……はぁ…ま、来ちゃったもんは仕方ないわ…」
「知り合いか?」
「…ちょっとね」


嫌そうに首を振ると彼女は立ち上がる。
コキコキと首を鳴らすと気合を入れる。


「最前線で戦ってるんだから、ココではちょっとくらい気を抜かせて欲しいわ…」
「…話が見えん」
「昔から過保護なのよね…あの馬鹿…」
「?」
「会うなり戦場なんて危ないから帰れってお説教延々よ…とりあえず今回は妥協案で解決したけど…」
「妥協案?」


ポケットを探ったそれが、口に何かを押し込んだ。


「………チョコ?」


口の中で溶けたそれは染みるように甘い。


「おすそ分け。疲れてるみたいだし」
「あぁ…でも何で…」
「あの馬鹿よ。最初からそれも目的だったみたいでご丁寧に材料持参とか信じられないわ!」
「…よくわからんが…大変だな…」
「まあね…」


はああああっと肺の中が空っぽになるほど息を吐き出したそれの顔は、ほのかに笑みを浮かべていた。


「んじゃ、あたし行くから。目が覚めてよかったわ」
「あぁ…俺は……」
「なに?」
「…いや…なんでもない。もう少し寝る」
「そっ、おやすみ」


片手を上げてそれを見送ると、ゼルガディスは静かに目を閉じた。






口に広がる甘さが妙にホッとする…




Fin




Short novel



2011.02.13 UP