捕らわれの君

【パラレル】





ひどく悲しい夢を見た。

子供の頃、飼っていた馬。自分の不注意が元で足の骨を折った。
毎年行われる町興しのレースに出場する競走馬だった。
馬小屋の干草に横たわり、何度も立とうとあがくそれ…何も出来ない自分。
父親が獣医を連れてきた…それがどういうことか知っている。
結局最期まで看取ることは出来ずに飛び出した。


雨が容赦なく叩きつける。服を濡らす。頬を伝う涙を隠す…


何時までも続くと思った雨音がいつの間にか、ガシャン…ガシャン…と定期的に鳴る金属音に変わった。
耳障りなそれはあるリズムを刻む。






「……ドナドナ…?」


ゼルガディスは目を開けるとベッド代わりにしていたベンチから起き上がった。
随分昔の夢を見たと思えば原因はコレかと、鼻歌交じりに手枷を檻にぶつけていたそれを見た。

屍累々地獄絵図

まさにそんな表現がぴったりの隣の牢には涼しい顔の彼女が一人。
地面に倒れたまま動かない男が4、5人転がっている。
明らかにおかしな方向に首がねじれた奴以外は生死の程はわからない。が、まあおそらく永遠に沈黙したままだろう。
ちらりと同じ牢の先陣を見れば、皆青い顔で目いっぱい彼女から離れた場所に固まっている。
何を見たかは想像が付いた。


「で?何がどうなって、そいつらそうなった?」


なんとなく解るが一応聞いてやると、リナは正当防衛と微笑んだ。
戦争真っ最中このご時勢、牢屋に入れられているものなど敵の捕虜か犯罪者以外にはないだろう。
ゼルガディスとリナは捕虜奪還のためにわざと敵に捕まった。
そのまま捕まっている仲間の牢に入れられると思いきや…

『女といえど敵兵、罪人どもにくれてやれ!』

女の捕虜を値踏みにきてリナに思い切り股間を蹴られた敵のお偉いさんの一言で手枷をはめられ別の牢に放り込まれたのだ。
ゼルガディスはもちろん止めた。
リナがどうこうと言うよりは、むしろその罪人の命を慮ったのと…あとはもし本当に、万が一、地球が止まるほどの確立で何かあったときに…あの金髪上官が自分をどうするかが解っているからだ。

足に錘をつけられ海に沈められるよりきっと酷い。
ジープに繋がれ戦場を轢きまわされるか…
それとも生きたまま皮を剥がされるか…
いや、そんな簡単なわけが無い。やるなら徹底的に残虐に…考えただけで恐ろしい。

彼のあまりの必死さに何を勘違いしたのか『自分の女がどうなるかその目で確かめるんだな!』と隣の牢に入れられた。

そして、今に至る。
途中記憶が無い。特に何故自分が寝ていたのかということに関してはまったくだ。
ズキズキと傷む額に手をやると妙に熱を持って膨らんでいる。
ざらつく感触は乾いた血だろうか…?
ふと視線を下げれば転がったレンガ


「あ、あははははは」
「リナ、お前…」
「いや、まさか檻の間すり抜けてゼルに当たるとは思わなくって。ゴメン☆」


下手したら死んでいる。そう抗議すると彼女はつながれたままの手をひらひら振った。
ちゃんとベンチに寝かせてあげたんだから良いでしょーと。
ねぇ?と彼女が同意を求めたのは隅に固まったゼルガディスと同じ牢の男達だ。
皆一様にコクコクうなずく。


「恐怖政治だな」
「人聞き悪いわね」


だがしかし、予定外の場所に捕まっている状況は変わらず、さてどうすると切り出した時だ。


「やっぱり女の子なんだし、故郷に帰ったほうがいいと思うんだけどな」


すぐそばで聞きたくない声が聞こえた。
リナの顔も複雑に歪んでいる。


「迎えに来たぞ。リナ」


血に染まった軍用ナイフを布切れで無造作に拭きながら金髪上官はにこりと笑った。
味方以外の者が牢の前に立っているのに銃声一つ聞こえず静まり返っている敵陣というのはものすごく不気味だ。
見回りの足音もしなければ、気配も無い。

 ――悲鳴を上げる間も無く、喉を切り裂かれ…最期に見たのは氷の微笑――

精神衛生上あまりいいと思われない想像をしてゼルガディスは顔をしかめた。


「…ちょっと…」
「ん?」
「アンタが助けに来てどうすんのよ!!」


今回の作戦…それはガウリイ奪還だった。
作戦会議で本部に赴いた帰りに拉致されたのだ。
これが無能の塊なら、これ幸いと放置したかもしれないが…生憎と戦闘に関しては惜しい人材だったため救出作戦が実行された。
隠してあった通信装置の最後の交信で救出内容を説明したはずなのに勝手に牢を出るとは何事だとリナは怒鳴る。


「でもなー、予定時刻過ぎてもリナ来ないし」
「こっちにはこっちの事情があるのよ!想定外のことがおきても対処できるの!アンタは信じて待ってなさいよ馬鹿!」


不機嫌な彼女はヘアピンひとつで手枷を外すと牢の外鍵も難なく開ける。
ゼルガディスも同じ事が出来るので特に驚くことも無い。
想定外って?と首をかしげるガウリイにリナは気まずそうな顔でゼルガディスをちらりと見た。
要するにレンガのアレだ。


「なんでもない。どこかの誰かが投げたレンガが運悪く額に当たって少し気を失っただけだ」
「そりゃ災難だったなー」
「…まあな」
「そうねー災難だったわねー」
「お前が言うな…」


深いため息をつきながら、のほほんと笑いリナの頭を撫でるそれを見上げる。
本当に助けに来る必要などあったのだろうか…
放って置いたら自分で返ってきたのではなかろうか?

今回の作戦事態が無意味だった気がしてゼルガディスは何度目か解らないため息を漏らした。




Fin




Short novel



2011.05.30 UP