The image of audience

01 【The image of audience】 1





―――今更、私を捨てる気!?」


ヒステリックに叫ぶのは髪を振り乱した女。
ブランド物のドレスが自身がぶちまけた花瓶の水に濡れている。
それをどこまでも冷たい目が見下ろしていた。

「捨てる?俺が、お前を…?」
「そうよ!そうじゃない!私から搾り取れるだけ取って…お金が無くなったらサヨウナラなんて酷いわ!!」
「酷いねぇ…」

興味なさそうにスーツに飛んだ水滴を払い、カフスボタンを弄る男の足に女が縋りつく。

「お願いよ、夫とも別れたわ!もう私には貴方しか無」
「何か勘違いしてないか、お前。」

低く響く声。
見下ろす冷たい瞳は金色の髪の向こう側で暗く鈍く光っていた。

「いつ俺がお前のものになった?」
「え…」
「お前が最初に言い出したんだ…『見返りなんていらない、お金なら払うわ』と。違うか?」
「それは…」
「それに」

男は手を伸ばし女の顎を捕らえると腰を折り顔を近づける。
そして薄く微笑みすら浮かべてその言葉を吐いた。


「1、2度寝たくらいでいい気になるなよ。」


去っていく男の背と、無常に締まる扉―――






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






『ぷるぷる天使のホイップ新発売♪頑固なマスカラだってさっと落としちゃうメイク落とし―――』


先程までのシリアスシーンが打って変わって全体的にピンクのCMに変わる。
ソファに座ってそれを眺めていた彼女は、独り言のように呟いた。


「あんたって、どうしてこういう役ばかりなのかしらね?」

その問いに、キッチンにいた俺はうーんと首をかしげた。
カップに紅茶を注ぎ、スライスしたレモンを入れ、それをリビングにいる彼女に渡す。

「さぁ?」

そのまま隣に座る。

「まぁ、世間の皆様があんたに持ってるイメージをそのまま映像化するとあんな感じなのかしらね。」

そういうと紅茶を一口。
どうも、浮世離れしたイメージが大半を占めるらしい。
それはひとえにこの容姿と俳優として最初の主演映画が影響しているのだが。

「…俺、あんな最低男じゃないぞ…」

心外だと彼女を見つめる。

「わかってるわよ、ホントのあんたはクラゲで天然で、どーーーーーしようもないくらいのお人好し。」
「…それ誉めてるのか?」
「もちろん誉め言葉よ♪」
「誉められてる気がしない…」
「そう?あ、あともう1つ。」

今度は誉めてくれるのだろうかと期待を込めて彼女を見たが笑顔で『馬鹿よね。』と帰ってきた。
CM開けのドラマの中では俺が他の女優とキスをしている。
冷酷非道なホスト役。
それをぼんやり眺めている彼女。

「なぁ、リナ?」
「ん?」
「俺が、もし…こんな性格ならどうする?」
「どうするって?」

例えば俺が、二股三股なんて日常茶飯事。
金を貢がせて、女を物として扱うような最低男なら…どうする?
と聞いてみると、きょとんとした後、笑った。

「ありえないわ。」
「…どうしてそう言い切れる?」
「だって、あんたくらげだもん。まぁ…来るもの拒まずで昔は色々あったみたいだけど。」

と彼女。
そこを衝かれると正直痛いがもう過去だ。

「それに”女子供には優しく”はお婆さんとの約束なんでしょ?」

そう言ってにこりと笑う。
あぁ、そうだ。と答えて彼女の頬に手を伸ばすと何か思い出したように彼女があっ、と声を上げた。

「そうそう、もう1つあったわ。」
「何が?」

唇が近づく。
大きな目と長いまつげ。
それがゆっくり閉じていくのを見ていた。

「あんたは、クラゲで天然で、どうしようもないくらいのお人よしで馬鹿で―――スケベなのよ。」
「否定しない。」

くすくすと笑う唇に重ねた。
細い腕が首に回り俺の髪をかき混ぜる。
もっと深くと思ったところで、髪を引っ張られ一瞬の隙に彼女が離れる。

「これ以上は駄目。」
「えー。」
「明日、雑誌の撮影で朝早いんでしょ?」

するりと俺の腕を抜け出て、エンディングが流れているドラマをちらと見つめる。
そういえば、まだ聞いてないことがあった。

「リナは俺が他の女とキスしてても…嫌じゃないのか?」

視線が俺に戻る。
そして、仕事ならしかたないでしょ?と帰ってきた。

「仕事でもして欲しくないとか思わないか?」
「うーん、どうかしらね。仕事してる時のあんたって別人みたいだし。」
「ヤキモチ焼かない?」
「焼かないわね。」
「………。」

なんか悔しい。
本当は『あたし以外とキスなんかしないでっ!』くらい言って欲しいところだ。
ぶつぶつ言いながら考えているとさらりと彼女が言った。

「あたしも仕事でキスするわよ。」

爆弾発言だ。
あまりの衝撃に言葉が出ない。

「新曲のPVなんだけど、スタッフがやる気でね、ショートムビーも撮ろうって話になって…ガウリイ聞いてる?」

リナが…キスする?
俺以外の男と、キス。
キスと言えば、でぃーぷ…でぃーぷと言えば―――

「だ」
「ガウリイ?」
「駄目だ!駄目だ駄目だ駄目だ!!俺意外とそんな…あんなことやそんなことするなんて絶対に駄」
「誰がそこまでするって言ったのよ!!」


すぱんっ!と音が響く。


「だって、キスするって…」
「仕事ででしょ。あんただってしてるじゃない。」
「リナは歌手だろ!」
「そうだけど、プロモーションビデオだもん。」
「駄目だ。」

駄目って言われたって…と言うリナ。
じゃぁ、どうしろって言うのよ?と俺を見る。

「俺が出る。」
「は?」
「リナの新曲PV俺が出る!」

いい考えだ。
かなりいい考えだ。しかしリナはあっさりと『無理。』と言ってのけた。

「なんでだよ!」
「経費削減でスタッフ一同頑張ってるのよ。あんたの出演料なんて払えないわよ。」
「そんなの要らない。タダで良い。」
「ガウリイが良くても事務所がOKしないわよ。あんたのイメージも壊れるだろうから尚更。」

ドラマの中の俺…あんなイメージなら要らないんだが…。

「それに、変にガウリイとあたしが絡んで週刊誌にでも目をつけられたら大変だもの。」

リナはメディアに露出が少ない。
シンガーソングライターの”LINA”を見られるのは彼女の曲のPVの中だけなのだ。
雑誌の取材も、TVの取材も彼女は受けない。
何故?と聞いたら『だって、曲にあたしの全てが詰ってるんだもん。雑誌やTVでいちいち語る必要ないわ。めんどくさいし。』と言っていた。
彼女は今、着実に伸びてきている。
そんな時期に俺と噂にでもなれば大変だろう。
だけど…

「リナは嫌か?俺と噂になるの。」

どうしても聞いてしまう。
確かめたくて…それは自信が無いからかもしれない。
自由な彼女は、気が付くとどこか遠くに飛んでいってしまいそうで。
最初から俺が、一方的に好きだったのだ。
デビュー前の彼女が駅前で歌っていたのを偶然見たあの日からずっとその声が頭から離れず、その後デビュー曲のPVの彼女に魅せられた。



翼を捨てた天使。
ビルの屋上。
町に沈む夕日。
フェンスの上に立った彼女の片方の翼は無残にもがれ、その手に握られてる。
最後、彼女の後姿だけのその映像は、台詞や表情など無くてもその意志を語っているようで俺は初めて何かに感動して泣いた。
そんな彼女が今、当たり前に俺と一緒にいる。
なんか変な気分だ。



「別に嫌じゃないけど…でもねぇ…」
「でも?」
「ほら、あんたのファンって過激だし。割と妄想入ってて危険だし。」

サッカーで言うとこのフーリガンよ。
とリナ。

「じゃぁ…俺がリナと仕事するのは無理ってことか?」
「ま、そうね。」
「…要するに、芸能記者に察知されずに尚且つ俺が無償で出れば問題ないんだよな?」
「ん?そうねぇ…」
「よし、任せろリナ!」

そうと決まったら、明日の仕事の為に早く寝よう、そうしよう。
ちょっと、あんた何する気よ?とリナが言っているがそれは成功してからのお楽しみだ♪




To be continued...

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Long novel



2010.03.05 修正版UP