曲を作るときはいつもここに来る。
芝生の上に横になり青い空を見上げているといつだって音色が浮かぶから。
今は頭の中を空っぽにする。
何も考えず…誰のことも思い浮かべずただ風の音、鳥の声に耳を傾けて…
目を閉じる。
「ねぇ!?リナ聞いてるの!!」
心を静かに…
「リナったら!!」
邪念を払い…
「…アトラスのケーキがあるんだけど…(ボソ)」
………
「しかも1日5個限定の高級ガトーショコラ…(ボソボソ)」
「ほんと!?」
邪念と食欲は全く別物だ。
「聞こえてるじゃない!!」
「あはは、ごめん。で?ケーキは?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リナも酷いわ、わたしだけ仲間外れなんて…」
不機嫌そうに頬杖をつき見上げてくる大きな目。
自然公園並みのだだっ広い庭に面したサロンで紅茶とケーキを堪能しながらあやまった。
「ゴメンゴメン」
「…誠意が感じられない」
ぷぅっと膨らんだ頬。
童顔なのはお互い様だが彼女は本当に可愛らしい。
セレブタレントとして数多くの番組に出演している。
CMの本数で言えば実はガウリイよりも多い。
女優にモデルと華々しい活躍の一方で、バラエティーでは芸人顔負けの体当たり取材を笑顔でこなすなどファンの幅も広い。
その彼女が怒ってる原因というのが…
「わたしも出たかった…リナのPV!!」
ぽちっとリモコンを押すと壁にかかった大画面に映し出されるプロモーション。
新作のそれだ。
「ガウリイさんばっかりズルイ!!」
「ズルイって言われてもねぇ…」
「この前ドラマの収録でガーヴさんと一緒だったんだけど…ショートムービーも撮ってたってっ!?」
バンと机を叩き立ち上がった彼女の目が…血走っている。
「あ、アメリア落ち着いて…」
「これが落ち着いていられるっ!?仲間外れなんてひどいわ!!」
正義じゃない!と彼女。
挙句の果てには、わたしのほうがリナとの付き合い長いのに…とぶちぶち言う始末。
ガウリイさんなんていきなり現われて”わたしの”リナ取っちゃっただけじゃ飽き足らず…PVにまでっ!!と何か分からない憎悪のオーラを出しながらケーキを口に運んでいる。
「あたしは…ガウリイのものでも、アメリアのものでも無いんだけど…」
「でも、リナの一番のファンはわたしよ!」
「…ハイハイ…」
確かにファン一号は彼女だ。
幼いころからの付き合いだし。
デビュー前に駅前で歌っていた頃も、よく撮影を抜け出しては笑える変装で顔を隠して最前列に陣取っていた。
夜の駅なんて危ないからとこっそり自宅のガードマンを寄こして警護させたり…
「次!次はわたし出るから!!」
「ハイハイ」
言い出したら聞かないのは彼女もあれと一緒だ。
出ると言ったらどんな手を使っても出るだろう…またスタッフが舞い上がる姿が目に浮かぶわ…
気づかれないように息をつくと紅茶を口に含む。
別に出てもらうのが嫌ってわけじゃない…だけど何か少し…引っかかるものを感じるのだ。
今回の新曲PVは過去ないくらいの売上だって事務所のみんなも喜んでたけど…
だけど…それって…
モヤモヤ考えていると、大画面のPV映像を見ていたアメリアは首をかしげた。
ショートムービーはいつ発売なのかと…
「あぁ、あれ発売しないわよ?」
「…え?なんで?」
「ライブ用に作ったのだから。ライブ会場で上映すんのよ」
「DVDとか出さないの?」
「うん…といっても事務所は出させてくれって泣きついてるけど…なんかね…」
いろいろ複雑なのだ。最近。
「もしかして悩んでる?」
アメリアは勘がいい。
ガウリイとは別の意味で…
「悩んでるっていうか…なんだろう…上手く言えないんだけど…置き去りにされてる気がするのよ…」
「あぁ、そういうこと」
今のでわかったの?と聞くともちろん!と胸を張る。
生意気なまでに大きな胸だ…羨ましい。
アメリアはケーキのフォークをピコピコ振ると笑った。
「置き去りになんてされてないと思うわ!まぁ、確かにガウリイさん目当ての人も多いだろうけど…でもそれって単に、LINAの曲を知るきっかけってだけじゃない?」
「きっかけねぇ…」
「ガーヴさん言ってたわよ?」
「ん?」
「ガウリイさんの頼みだったけど最初は断るつもりだったんだって、ショートムービー」
面白そうにアメリアは笑う。
「でも、ガウリイさんリナのCD全部渡してとにかく聞いてくれ!って」
「…あの馬鹿…」
「でね、仕事帰りの車で律義に聞いたのよガーヴさん」
悪役を演じさせたら業界で右に出る者はいないといわれるほどの大御所が実は結構良い人だということは撮影の時に知った。
映像で見る通りぶっきら棒で豪快な話し方だったりするのだが、彼を慕う人は多い。
今回出演してくれたヴァルだってそうだ。
曰く『ガーヴ様と共演出来るなら何だって出るっ!』といった具合に。
とにかくそんな人だから、渡されたCDを聞いてくれるのも頷けるのだが…キャラに合わないといえば合わないので、なんとなく笑えてしまう。
「次の日にはOKの電話してたんですって」
クスクスと彼女。
「でも勝手にOKしたもんだから、スケジュール調整するマネージャーが珍しく怒って1週間口きいてくれなかったって言ってたわ」
「出演者全員の予定合わせるなんて無茶な話しだったもの…」
そこら辺は各マネージャーが血の涙流しながらなんとかしたのだが…
もっぱら深夜から早朝にかけての撮影だったのは仕方ない話だ。
強行軍で進められたとはいえ小刻みに1シーン撮っては解散。
また1シーン撮っては皆別の仕事に向かうといった日々。
役者よりも、あちこちに頭を下げなんとか時間を確保していたマネージャーの方が大変だったのは明らかだ。
しかも、お金にならないようなただ働き同然の報酬なのだし。
「でも、その無茶を通しちゃったんだから…すごいわよね」
「ガウリイさんの暗躍だってガーヴさん言ってたけど?」
「…そうよ…暗躍よ…」
一度却下したシナリオを脚本家に書き直させ…予定キャスト全員にOKをもらってきたのは奴だ。
スタッフと組んで、あたしには笑顔で事後報告。
半キレ状態のルークが何を言おうが知ったこっちゃないと耳も貸さない。
この行動力はナンダ…とそう思ったものだ。
「…でも、わたしには声かけてくれなかったのよね…」
拗ねた口調でDVDのリモコンを操作しPVを最初から再生するアメリア。
あ〜わたしも出たかった。と聞えよがしに口にする。
なにガウリイに対して対抗意識を燃やしているのか…
「次ね…次…」
「絶対?」
「…う…ん…曲しだいかな…」
最後のひとかけを口に放り込み真っ白なノートを叩いた。
いつも持ち歩いているそれは…まぁネタ帳みたいなものだ。
思いついたときに気持ちや、言葉を綴る。
それを固めて凝縮したのが一つの歌になる。
だけど…
「真っ白ね?」
「…うん…なーんかね…出てこないのよ」
スランプとは少し違う。
全くイメージがないわけではないのだ…ただ今は書ける気がしない。
それを世間ではスランプというのだろうけれど。
「リナちゃんと寝てる?」
ご飯食べてる?と彼女。
確かに最近は深夜の撮影だなんだでゆっくり休んではいなかった。
でも既に撮影は終わっている。
睡眠だってちゃんととっている…だけどなんだかけだるくてやる気が起きない。
う〜んと唸っているとそうだ!と彼女は手を叩き席を立った。
「アメリア?」
「ちょっと待ってて!」
すぐ戻るわ!と部屋を出ていく。
誰もいない部屋に、あたしの歌と映像が流れる。
なんとなく気恥ずかしくて、リモコンに手を伸ばすと電源を切った。
しばらく待ていると両手に何かを抱えて彼女が戻ってくる。
本かと思ったのだが、どうやらアルバムのようだ。
「何?これ…アルバムよね?」
「うん。まぁ開いてみてよ」
ぐいっと差し出されたそれを手に取る。
分厚い表紙を開いて破顔した。
懐かしいでしょ?と笑う彼女。
うん、たしかに懐かしいしカワイイ。
例えアルバムのタイトルに『愛と友情のメモリー Vol.1』と金文字で刻印されていたとしてもだ。
「やだ、これいくつの時?2歳?3歳だっけ?」
「わたしは2歳よ、リナは4歳の誕生日の前日」
「…やけに細かく覚えてるわね…」
「リナに初めて会った日の事よく覚えてるもの」
「は!?2歳でしょ覚えてるわけないじゃない!?」
そんな頃の記憶なんてあってないようなものだ。
しかしアメリアは首を振り、可笑しそうに笑った。
だって、忘れられるわけないわと、更に肩を震わせる。
「リナったら、いきなりうちの別荘の塀を乗り越えて…姉さんにとび蹴りしたのよ」
―――かんねんしなさい!すいかドロボー!!―――
あぁ。とうなずいた。
瞬間脳裏に浮かんだのは、スイカ泥棒という言葉だ。
そういえばそうだった。
裏庭の畑から食べごろのスイカが3日続けて消える事件があって…とうとうブチ切れたあたしと姉ちゃんが交替で畑を監視することにして、で、そこに現れたのがアレだったのだ。
子供のくせに妙な高笑いを上げて畑に入り、スイカを物色。
大きくておいしそうなものを見つけると、いきなり割ってものすごい勢いで食べ再び高笑い。
てっきり、野生の動物の仕業だと思い込んでたあたしは現行犯として捕まえるのを忘れ固まってしまっていたのだ。
訳のわからない高笑いが遠く聞こえる頃ようやく、飛んでた意識を取り戻し、姉ちゃんに怒られるのが怖くて後を追い…見つけたそれにとび蹴りをくらわしたのだった。
「そう言われれば、思い出したけど…よく覚えてたわね?」
そう言うと彼女はこぶしを握り力説した。
あんなに綺麗なとび蹴りができるのは正義のヒーロー以外にリナしかいないわ!!と。
「あ、そういう覚え方なんだ…」
写真にはナーガに馬乗りになり胸倉掴んでいるあたしと、キラキラした目でそれを見ているアメリアの姿。
というか…この状況でシャッター切るアメリアの家族って…
「この写真母さんが撮ったのよ」
懐かしそうに写真をなでて彼女は微笑んだ。
彼女の母親はもういない。
そういえば身体が弱かったっけ…とその姿を思い出す。
よく笑う人で黒髪が綺麗で、優しかったけど本気のボケに子供心に大丈夫かこの人?
と思ったものだ。
「療養もかねて夏の間、別荘に来てたでしょ…」
「うん」
「その間母さんずーっと笑ってカメラ構えてたのよね」
今思うと、先があまり長くないとわかっていたからなんだなって…と彼女はページをめくる。
どの写真も笑顔の子供たちばかりだった。
大きなケーキを前にものすごい笑顔のあたし。
誕生日にアメリア(とついでにナーガ)を招待したときのものだ。
この時からずっと誕生日にはアメリアがいたかもしれない。
来なかったのは一度だけ。
彼女の母親が亡くなった…あの年だけ…
すこししんみりしてしまった空気を変えるように彼女は別のアルバムを開き一枚の写真を指差した。
「ねぇ、これ覚えてる?」
「ん?どれ?」
「リナが父さんに初めて会った日の写真!!」
そこには、森で熊にあったときのような顔をしたあたしが写っていた。
直後、アメリアを抱き上げたフィルさんを誘拐犯だと勘違いして飛びついたっけ。
「だって、仕方ないわよね。顔が全然似てないんだもん。フィルさんとアメリア」
「わたしも、姉さんも母さん似だから」
「性格は父親と瓜二つだけどね。しかもほら、フィルさんって別荘にあまり来なかったじゃない?あたしが会ったのも…アメリアと知り合って2年後とかでしょ?」
そういうと、実は結構来てたらしいのよと彼女。
昼間は仕事があるため来るのは子供が寝た後で、翌日も仕事のため1時間ほどの滞在で帰っていたのだという。
まぁ、社長さんだから仕方ないけど。
「夏の間だけしか別荘にいられなくて、8月末になるといつも泣いてたわよねあんた」
めくった先には、あたしに抱きつき号泣するアメリアの写真。
来年も遊ぼうねと指きりする写真。
「懐かしいなぁ」
「ね、懐かしいでしょ?」
まだまだあるわよ!と彼女。
ここに持ってきただけで5冊はあるのだが…とりあえず抱えられるだけ持ってきたのだろう。
「…いったいいくつあんのよ?」
「ん?えーっと…今30冊目に突入してるとこ♪」
………はい?
なんでそんなに多いのよと首をかしげた。
アメリアと会うのは夏の1月ちょっとの間だけだった。
毎日彼女の母親だったり、使用人だったりが写真をとっていたけれど、ひと夏1冊としてもその量はなんなのだ?
すると彼女はうっとりと頬笑みのたまった。
「だって、リナのストリートライブでしょ、CDのジャケットのテスト写真とか、PV撮影の隠し撮りとかでいっぱいなんだもの♪」
軽くめまい。
というか…CDジャケットのテスト写真って…アメリアに言いくるめられてスタッフかカメラマンが横流ししたにちがいない。
PV撮影の隠し撮りもそうだ。
「でも…今回のショートムービーの隠し撮りは手に入らなかったのよ…」
ずーんと落ち込む彼女。
どうやら彼女のお抱え内通者が、豪華出演者に目がくらみ忘れていたらしい。
そして、振り出しに戻る。
「リナぁ!わたしもPV出たい!リナと一緒に仕事したい!」
愛と友情のメモリーを増やしたい!!ということになるのだ。
はいはいとなだめる。
だけど、良いものを見せてもらった。
何か良い詩が書けそうな気がして、泣きつくアメリアの頭をぽんぽんと撫でた。
―――パシャ―――
今日もこうして、『愛と友情のメモリー』は増えていくのだった。
Fin
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