※注意※
若干ゼルリナです。死モノで重い話です
リナが他の人と……が苦手な方は特に気をつけて!!
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「ゼル?」
疑問形でありながら、確信をもった声に振り向くと懐かしい顔がそこにあった。
顔を合わせるのは何年ぶりだろうか?
少なくても4年…だったと思う。
「久しぶり。元気?」
柔らかく微笑むそれは以前とあまり変わらないように見えたけれど、明らかに違う。
彼女の注意が別へ向いたことに不満を感じた金髪が何事か耳元で囁いている。
しかし、彼女は取り合わない。
「旅は順調?なにか手がかり…」
途中で言葉が切れたのは、男があからさまな動きでそれの腰に腕を回したから。
細いけれど丸みを帯びた身体のラインを確かめるような動き。
リナが顔をしかめた。
「………」
後ろの金髪を無言で睨む。
ゼルガディスは背筋をぞくりと何かが走る感覚にとらわれた。
滲み出る殺気。
しかし、男はそれに気付かないのか、よほどの大物なのか、彼女に唇を寄せようとした。
「わるいけど…」
唇が触れる瞬間、リナが呟き男の胸を押して一歩後ろへ下がる。
「気が変わったの。さよなら」
リナはそういうと、ゼルガディスの腕に自分の腕をからめた。
おそらく、つい先ほどまで良い雰囲気だったのだろう。
あと酒を一杯飲んだら、男のとった宿に二人でしけこむほどには話が進んでいたのではなかろうか?
チッと舌打ちした男に睨まれながらゼルガディスは深いため息をついた。
一目見た瞬間気がついた。
それが…歪んでいることに。
歪み…などと称していいのだろうか?
もっと酷いのかもしれない。
既に手に負えないほど壊れているのかも。
そうでなければ、こんな場所で一人で酒を飲み…見知らぬ男に着いていこうとするはずがない。
そんな女ではなかったはずだ。
カウンターに移動して、つまみを口に運ぶそれをちらりと眺めた。
泥酔している風でも無いし、妙な薬を飲まされたようには見えない。
「なに?」
視線に気づいてそれが見上げる。
濡れた唇と瞳。
なんて顔をするんだと内心頭を抱えた。
『何でもない』と無関心な声を出せたか…それが酷く気になった。
ここまで、これを歪めることができるのは…あの男しかいない。
今は姿が見えないそれを思い出していた。
しかし、思い出せば出すほど…そんな強行に及ぶとは思えなかった。
馬鹿がつくほどのお人よし。
いつだってこれ優先。
だから、言ったことがある…ただ、大事に守るだけが愛することなのか?…と。
しかし、あの男は笑いながら答えた。
『俺は…俺自身からもあいつを守りたいんだ。俺の全てをぶつけたらきっと壊れてしまう…』
『…そんなに、ヤワじゃないだろう…』
『わかってないな…』
『何が?』
―――俺の…あいつへ対する想いの汚さを…だよ―――
そこにあったのは狂気。
愛と呼ぶには…あまりに醜い感情。
もしこれが、間違った方向ですべて彼女にぶつけられたなら…歪むのかもしれない。
今のそれみたいに。
しかし…想像はできても納得はできない。
あの狂気と同じかそれ以上の…”守りたい”という心を知っていたからだ。
だから、あの男が何か行動を起こしたとは思えなかった。
ならば、何故…今隣に座っているこれは、こんなにもねじ曲がってしまっているのか…
しばらく迷った後、ゼルガディスは口を開いた。
聞くのが一番早いのかもしれない。
デリカシーに欠ける行為とはいえ、これ相手には今更だろうし…それに、もしかしたら誰かに聞いてほしい話なのかもしれない。
そう思い口にした…『ガウリイはどうした?』と。
ぴくりと形のいい眉が動く。
一瞬動きを止めたそれは、ちびりとキツイ酒を舐めるように飲む。
あの男が好んで飲んでいたものだ。
「………」
「………」
長い長い沈黙。
酒場は馬鹿みたいに騒がしいのに、このカウンターだけは別の空間に放り込まれたように静かだった。
グラスの中の氷が音を立てて崩れた涼しげな音がはっきり耳に届く。
そしてリナがぽつりとつぶやいた。
「死んだ」
そして、残りの酒を煽る。
空になったグラスをカウンターに叩きつけるように置くとお代わりを要求した。
店主が無言で酒を注ぐ。
ゼルガディスは妙に納得していた。
そうか、死んだか…と心の中で何度もあの男の死を反芻した。
死。
彼女とあの男に一番縁遠いようで…近かった言葉。
これでようやくわかった。
あれの狂気は確かに凄まじいものだったが、それを抑えることができるだけの器があった。
しかしだ…他にも壊す方法ならあった。
多分…一番残酷な方法…永遠の別れ、死別…
リナは一度、あれの死を口にしたせいか…ぽつりぽつりと話しだす。
胸のつかえを吐きだすように。
「別に、戦いの中で死んだとか…そんなんじゃないのよ…」
「………」
「病気…なんて、あいつらしいと思わない?」
最期は真っ白なベッドで眠るように息を引き取ったとそれは笑った。
「あいつ、くらげで、馬鹿で…だから倒れるまで…自分の身体のこと言わなかった…」
「そうか…」
「酷いのよ…そんな状態になってから…好きとか愛してるとか言うんだもん…」
「それは酷いな…」
「ガウリイの気持ちなんてずっと前から知ってたけどさ……なんでもっと早く…そう思ったわよ」
あれは酷い男だ。
リナを傷つけたくないと散々言っておいて…永遠にその心を縛ろうとしたのだから…
もっとも卑怯な告白かもしれない。
誰だって、死人には勝てないことを知っていたのか…
「だから、あたし…最後に一杯我儘言ってやったの…」
「…お前の我儘はいつもだろう…」
「違うわよ」
クスリと笑う。
「最後にね、もう長い距離歩けなくなってほとんどを宿の部屋で過ごすようになって…言ったの」
「何を?」
「ん…抱いてって」
酷いでしょ?とそれは笑う。
酒の入ったグラスの淵を指でたどりながらリナはゆっくり目を閉じた。
何かを思い出すように…
「ガウリイって馬鹿ね…もう先が無いんだから…そんなときくらい素直になればいいと思わない?」
「…嫌だと言ったか?」
「うん。断られた。傷つけたくないって…」
「そうか…」
「あんまり馬鹿なこと言うからさ…”処女”だから嫌なのか!?って喧嘩して病気のアイツ置いて部屋飛び出しちゃった。」
もう十分すぎるくらい傷ついてるのに、今更そんなことを言うガウリイが悪いのだと彼女は呟く。
それはそうだと頷いた。
「あの時…ゼルがいたらよかったのに…」
「ん?」
「そしたら、あてつけにゼルと寝たのにな…」
「…おい…」
初めてが、知らない男よりマシでしょう?とそれ。
息が詰まった。
まさか…
「あ、寝てないわよ。その時は」
妙にホッとして息を吐くと、リナは面白そうに笑う。
「でも悔しくてさ…宿に戻らなかったの。で、別の宿に泊まって…朝帰りしてみた」
「それで?」
「うん。怒られた。すごく怒られて…泣かれた」
「…泣いたのか?」
「そう。もうボロボロ泣いてた。お願いだから…俺が生きている間だけは他の誰かのものにならないでくれって…」
死を間際に”愛してる”なんて言葉で縛ろうとした癖に抱いてはくれなくて…
本当は思ってもいないのに”俺が生きている間だけは…”なんて言うあの男のことをリナはよくわかっていた。
どうすれば…それが自分を求めるのかも。
「結局…うん、そういうことになったんだけどね…かなり無理してたんだと思う」
「………」
「でも、容赦しなかったわよ、あたし。どうせ死ぬんだもん、少しくらい不眠不休で付き合ってくれてもバチは当たらないと思わない?」
「…普通逆だろ…」
呆れた。
素直に呆れるしかなかった。
もう話を聞くのが嫌だと顔に出ているゼルガディスにリナは微笑んだ。
子供が欲しかったのだと…
ガウリイは死ぬ。それはどうあがいたところで訪れる未来。
だから、欲しかった。
残したかった。残してほしかった。
血肉の一欠けらだって…この手にしていたかった。
「でもまぁ…そんなに上手くいかないものよね…」
「………」
「それが2年と少し前」
グラスをずっと握っていたためにぬるくなった酒を舐め、リナは息を吐く。
今まで、誰にも語らなかった胸のつかえ。
それはすでに彼女の心に深く突き刺さり、もはや取れることはないのだろう。
しかしだ、それにしたって…
「それはわかった…で?お前は何をしているんだ?」
「ん?」
「今日、今夜、ここで…何をしていた?」
酒場の片隅からは、まだこちらを…彼女を見ている視線がある。
一つや二つじゃない。
絡め取るようにまとわりつく視線。
…違う、彼女と言う蜘蛛に絡め取られた…そう言うべきかもしれない。
しかし、リナは悪びれない。
言いたいことは分かっているくせに。
「何?お説教?」
「…そういうつもりはない…しかし…らしくない」
そう。らしくないのだ。
リナ=インバースらしくない。
後ろを振り返ってもいなければ、前にも進んでいない。
立ち止っている。
ゼルガディスにはそう見えた。
「…歩き方を忘れたのか?」
「目と耳をふさぐ方法なら覚えたわ…」
「前へ進まないのか?」
「…進んで何があるの?」
「さぁ…そんなことは知らん。だが立ち止った今に何がある?」
リナは黙った。
言葉を飲み込み、うつむき…あのね、と昔話を語る母親のように優しく言った。
「さっき一緒にいた男いたでしょ?」
「あぁ…」
「この町について、すぐに別の酒場で声かけてきてさ…」
「ん」
「ま、いいかな…っておもったわけよ」
「…そうか…」
「髪が…ね、」
「?」
「夜中、目が覚めた時…金色が見えると少し、落ち着くの…」
あぁ、と頷く。
さっきの男は確かに金髪だった。
顔は似ても似つかないが。
「こんなこと、ただの一時しのぎでしかないことくらい…わかってるのよ?ガウリイの変わりになんて誰も成りえない。だから今日だけ、今晩だけ…たった一度だけ…って……何度も言い聞かせてるのに…駄目なの」
「………」
「幻滅した?」
「………いや…」
髪の色以外の共通点などどこにもない男に抱かれ、あれを想う。
これが彼女の歪み。
歪な心
一つそんな夜を過ごす度、心はひび割れ形を失う。
立ち止り、前に進めなくなる。
泥沼に沈むように…リナも息を止めるのかと思うと…死んだあの男を恨みたくなった。
「リナ」
「…ん?」
何を言えばいい?
変わりになどなれはしないのに。
「俺と来い」
誰にも、あの男の変わりはできない。
それでも、言わずにはいられない。
ここに、置いていくわけにはいかない…出会ってしまったから…
再び、自分の足で歩けるようになるまで…利用されてやる。
「立ち止るな。お前は…前へ進むべきだ」
Fin
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