break a spell

02 【 枷 】





       ※注意※
          若干ゼルリナです。死モノで重い話です
          リナが他の人と……が苦手な方は特に気をつけて!!









                          ↓






















世界に終りがあるのなら…それはいつなのだろう?
この命が尽きた時が終わりなのか
それとも、帰るべき場所を失った時か
文字通り世界が消え去った時なのか…
漠然と思っていたその終わりは、案外あっけないものだった。
自分でも世界でもない。

たった一人の死によってそれは訪れたのだ。

世界は死んだ。
それでも…一人生きるのは辛い―――










分厚い魔道書に目を落としていたゼルガディスは、ふと窓の外を動く気配に顔を上げた。
月明かりも無い夜更け。
華奢な背中が去っていくのが見える。
ふぅとため息をつき、またかと首を振った。

リナと旅をするようになってそろそろ3月ほどたつだろうか…
再会した時、それは酷く歪んでいて、その原因はあの男の死。
酒を飲んで、話を聞いて…それで『じゃぁな。お前もあまり落ち込むな』と別れることは出来なかった。
昔のような笑顔を取り戻すことは出来ないとわかっていたが…置いていくことは躊躇われた。
もしかしたら…
そういう想いが無かったとは言わない。
しかし、リナが求めているのはいつだってあれなのだ。

そういえば、夕食を食べに入った酒場で…あれを口説いていた男がいた。

どこにでもいる街のゴロツキ風の男。
顔は悪くない。どちらかといえば良い方のたぐいだ。
しかし今はそんなことは問題ではない。


「………はぁ」


仕方ないとため息をついて本を閉じると剣とマントに手を伸ばした。
別にリナが誰とどうしようと口を出す権利は無いとわかっているのだ。
これまでにも何度か朝帰りしていたが、あえて口は出さなかった。
しかし、今回だけは…と宿を出て後を追う。

声をかけてきていた男は1人だったが、明らかにその男の仲間のような奴らがテーブル席でニヤニヤとリナを見ていた事を思い出したのだ。
リナもそのことに気が付いていたようで、軽くあしらい追い返していたのだが…


――金髪・碧眼――

やはりこの組み合わせに弱いらしい。
そこに何を見ているのか知っている。
虚しさすら抱えていることも…

ゼルガディスは舌打ちすると足を速めた。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






嫌な予感というものは当たるらしい。
酒場に姿が見当たらず、少しの金を握らせ聞きこめば、やはりあの男について出て行ったと。
無愛想な店主は、グラスを磨きながら聞き取りづらい声を更にひそめた。

『厄介事はゴメンだが…行くならさっさと助けてやった方がいい…』

ちらちらとゼルガディスに向けられる視線。
腕の程は大したことのない連中らしかったが…よほどバックに大物がついているのだろう。
関わりたくは無いとそれらの顔に書いてあった。
騒がしかったはずの酒場が妙に静かだった。
事情などまったく関係ないよそ者だけががやがやと騒いでいた…


「そうか…」


軽く礼を言うと酒場を出た。
宿を出た時より急く足…ふと、あの男もこんな想いをしていたのだろうかと考えた。
目的は違えど、夜中こっそり出かけるリナを追っているとき…そういう類の心配は尽きなかっただろう。

しかし、口に出せば子供扱いだと昔のあれは騒いでいた。
自分の力に自信を持っていた。
そんなこと起こるわけがないと…

リナの目的が別なだけ、この状況は昔…あの男が感じた危機感とは違うのだろうが…これはこれで心臓に良くない。
精神的にも。


「…ガウリイの忍耐力には改めて呆れるばかりだな…」


死の間際まで、二人の関係が変わらなかったことを思い出した。
そして同時にここにいない男を呪った。
もし…リナがどんなに泣こうが縋ろうが…最期までアレがフェミニストを貫いたなら…
あれの死後、リナがこうなることは無かったのではなかろうか?

暗い路地を曲がったところで足を止めた。


「…あそこか…」


明かりのついた建物が一つ。
微かに声が聞こえた。
悲鳴のような…それ…
しかし、ゼルガディスは剣に伸ばしかけていた手を引くと、ゆっくりとドアに近づき、無造作に開いた。

そして顔をしかめる。
濃い血の匂いに包まれた室内で、男が数人転がっていた。
うめき声をあげているところを見ると生きてはいるようだ。

その時、ガタンと音がした。
蝶番の壊れたドアの向こう…から男が這い出してきた。
酒場で見かけたやつだ。


「た、たすけて…お、おれが悪かった…お、お…」


すっかり腰が抜けたのか必死で床をひっ掻き醜く逃げる。
それを追うようにコツコツと軽い足音。
中で何かをまたいだのか、軽く跳ねる音。
ゆらりと獣油の明かりの元にリナが姿を見せた。


「あれ?ゼルなにやってるの?」


血のついた短剣をぴこぴこと振りながらリナが首をかしげる。
ゼルガディスは安堵とは別のため息をついてそれを見る。
何をやっているんだ?と聞くと、なんとなく。と笑うそれ。
何となく短剣で人を半殺しにするのかと言い返そうとして止めた。
音と気配に目を向ければ、奥の部屋から人が出てきた。
ゼルガディスの存在に気がつくと慌てて影に身をひそめるそれは、リナのマントで身体を覆い、ぎゅっと合わせ目を握りしめている女だった。
青白い顔には、男に対する怯えが見えた。

…なるほどと、みすぼらしく足掻く男を見下ろす。

リナに目を付けたが断られ、別の女を引っかけたといったところだろう。
家に連れ込み楽しんだ後、他の仲間に渡す。
もう一人くらい引っかけられるかと酒場に戻ったところでリナに会った…そういうことなんだろう


「悪いんだけど、今ゼルのお説教聞く気ないから。」
「あぁ。それは後でいい」
「…えーっと、後からも遠慮したい」
「なら飯抜きだ」
「う゛……後でお説教でいいデス…」


食事の代金は別にゼルガディスが出しているわけではないのでこれは何の効力も無い言葉なのだが…彼女は素直に従った。
少なからず、男についてきた理由に気まずさを感じているからだろう。
がっくりと項垂れながら息を吐くと、気を取り直して顔を上げた。
ひたと床に這う男を見据える。


「……い、命…だけは…」


リナの注意がふたたび自分に向いた事に男は悲鳴を上げる。
どうやら相当な悪夢をこの部屋で見たようだ。
転がる男どもの傷を見ればそれも納得する。
半殺しとは言えない。かろうじて生きていると言った方がいいほどのいたぶり方だ。
リナは恐ろしく邪気のない笑顔を見せる。
それが余計に怖い。


「ねぇ、あんたさ…」
「ひっ…」


男の眼の前にしゃがみ込み、短剣をぺちりと頬に当て首をかしげる。
その髪地毛?と。
まったくこの状況で意味のないその質問だが、恐怖に彩られた男はコクコクと頷くばかり。


「あっそ、じゃぁ染めなさい。色はなんでもいいからさ」
「…う、あ…そ、それで許して…もらえ…」
「それとこれとは別」


リナの握っていた短剣が男の足に深々と刺さる。
ぎゃぁぁあぁああと悲鳴を上げるその男の口に、素早く床に落ちていた布切れを突っ込みながらリナは傷をえぐるように短剣をずらす。
見ていて気持ちのいい光景ではない。
これならひと思いに殺してくれる方がよっぽどだと思うだろう。
ゼルガディスはリナに近づくと細い肩をつかんだ。


「リナ…」
「なぁに?」
「それくらいにしておけ…」


そういうとリナは素直に短剣から手を離し立ち上がる。
パンパンと血に染まった己の手をたたくと、隣の部屋の入り口で立ちすくんでいる女を振り返った。


「って連れが言うんだけどどうする?止め刺した方がいい?」


一応全員生きている。
口を引き結んでいた女は、血だまりの中呻くそれらを見渡し低い声で呟いた。
自分でやると。
どうやら、駆けだしの何でも屋といったところだろうか…場数が圧倒的に少ないなりにも覚悟はあったらしい。
くるりと背を向けると部屋の奥へ消える。
しばらくして男物の服を着て戻ってきた。
適当に漁って見つくろったようだった。


「マントありがとう…」
「どーいたしまして」






 その夜、裏街の一画から火の手が上がった。






「おい、リナ」


宿はとっくに入口に鍵がかかっている。
浮遊の呪文を唱えて窓から部屋に入ろうとしていたそれの手をゼルガディスは素早く掴んだ。
リナの口ずさむ呪文が途絶える。


「…なによ?お説教は明日じゃ駄目?」


今日は大人しかったほうでしょ?とそれ。
確かに…街を半壊させるような呪文は使っていないし、火をつけたのもリナじゃない。
やり方はどうであれ、正当防衛と言えば…そう思える。
但し、この世に過剰防衛という言葉が無ければ…の話だ。


「説教は明日にしてやる」
「そう。じゃぁあたし寝るから。手放して」
「そうじゃないリナ…」
「…なによ?」


不機嫌な声でリナは目の前の男を見上げる。
歩き方を忘れ立ち止ったままだったそれは、今もまだ動けずにいる。
死んだ男の亡霊に取りつかれたように…


「ガウリイは死んだ」


知ってるわとリナは頷いた。
あたしが教えたんでしょう?と笑って見せる。
笑みの奥に光は無い。
知らず知らず、掴んでいた手に力がこもる。
細い腕に後が残るほどだと言うのに、リナは微かに眉を動かしただけだった。

まるで、こんな痛みは無いのと同じだと言うように…


「なに?もしかしてあたしと寝」
「違う」
「…ハッキリ言うわね…」


はぁとため息をついてそれ。
ただ首を振った。
そういう気持ちが無いわけではなかったが…今のリナを見てとてもそうしようとは思えない。
これはただのお節介だ。
そうでなければ、理想の女でいてほしいという彼自信のエゴ

だから言うのだ。



―――お前自身が恥じることのない道を見つけろ―――



その道はおそらく、心に封じ込めた苦しみと悲しみの扉を開けることになると分かっていたけれど…
何度でも言う。
何度でも…そう言うだろう。

彼女が再び未来をみるまで。






「お前は前に進むべきだ」




Fin

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Long novel



2010.05.20 UP
イメージソング「break a spell」柴咲コウ