※注意※
若干ゼルリナです。死モノで重い話です
リナが他の人と……が苦手な方は特に気をつけて!!
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雨は世界の涙だと誰かが言った。
一日一日、当たり前に何処かで誰かが死んで、何処かで誰かが生まれる。
雨は世界の涙
悲しみと、歓喜
だけど、あの時から…世界は灰色の雲に追われた。
雨は降らない。
涙は流れない。
大地はただ…ゆっくりと腐っていくだけ―――
何度目かの寝返りの後、寝るのをあきらめて身を起こした。
火の番をしていたゼルガディスが振り返る。
「眠れないのか?」
リナは大きく伸びをして凝った関節をほぐすと、火の傍に寄った。
小枝を2、3本中に放り込み膝を抱えると、ゆらゆらと揺れるその向こう側をじっと見つめていた。
時々こうやって、目の前のものではなく別のものを見ている時がある。
そういう時は大概彼女から話しかけて来るまで、ゼルガディスは何も言わなかった。
昔とは違う距離感に最初は戸惑ったりもしたが、すぐに慣れた。
やがてリナが口を開く。
「ゼル…」
「なんだ?」
「でっかいお肉が食べたい」
「明日の昼には町につく。それまで我慢しろ」
「…うん」
今日は、きっと理由を聞かれたくない類の事を考えていたのだろう。
話したいことと、話したくは無い事…リナの中でその二つがぐるぐると回っているようだった。
ガウリイの死は、話せること。
昔の思い出も話せること。
盗賊いじめよりも性質の悪い癖も、悪びれも無く話す。
話せない事が何なのか…気になることではあるが聞いてどうしようというのだ?
何ができる?
どうしてやれる?
結局のところ、黙るしかないのだ。
リナが自分から語ろうと思う時まで…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
町でちょっとした騒ぎがあった。
食堂が一つ半壊するというそれは、もちろん彼女の仕業。
カウンターの隅で珈琲を飲みながらちらりと視線を送れば、吹き飛んだテーブルや皿や、すこし焦げて転がっているゴロツキたちを軽いステップで避けながら、リナが戦っていた。
海老フライさんの恨みっ!!!!と近くの椅子を掴んで振り下ろす。
店の壁が吹き飛んだ時点で諦めた店主が、泣きながらコップを磨くという現実逃避を見せる。
それにしても、リナに吹き飛ばされた連中と言うのはよほど恨まれているのか…
それともただ単に娯楽が少ない田舎町だからなのか…騒ぎを囲む人々の騒ぎっぷりも尋常ではない。
既に喧嘩が祭りと化している。
「いいぞ姉ちゃん!!もっとやれ!!」
「ほら、これも使え!!牛乳拭いたモップだ!」
「うちのかみさんの作ったマフィンもなかなかの武器だぞ!!口の水分全部もっていきやがるからな!」
凶器がつぎつぎ手渡される。
どうやら賭けまで催されているらしい。
こんな完全アウェイの状態だというのにゴロツキ達も負けてはいない。
涙目で貧乳暴力女め!!と可愛い罵りを繰り返すが…いかんせんボキャブラリーに欠ける。
口でリナにかなうはず無いのだ。
いつ終わるともしれない不毛な戦いは、ゴロツキの何気ない一言で突然終わった。
――― お前みたいな女は誰からも愛されねぇに決ってる! ―――
静寂。
リナの反撃を予想して腕で防御していたそれは、いつまでも何も起こらないことと、周りが急に静かになったことを疑問に思ったのか恐る恐る目を開ける。
リナがぽつりと佇んでいるだけだ。
無がそこにあった。
突然ぽっかりと穴があいたような、殺気ともちがう凍りついた空気。
それまで騒いでいた見物人ですら息を止めるプレッシャー。
ゼルガディスは小さくため息をつくと席を立った。
リナの腕を軽く引く。
ゆっくりとした動きで、それは隣を見上げ…ふわりと笑った。
「図星さされちゃった」
周りにまた音が戻る。
気まずい空気と避難の視線はゴロツキに集まる。
おそらく、リナの表情は変わらなかったと思う。
それでも、周りは感じたのだ…彼女の中の虚無を。
それが、男が口走った一言が原因であるということも…
「帰るぞ」
「うん」
気まずさからか『に、にげるのか!』と言う男にリナはひらひら手を振った。
町ごと破壊する前に帰って寝るわと。
半分吹き飛んだ入口から外に出て、あっと思い出したように振り返る。
「ここの修理費、あんた達が出しなさいね」
「な、なんで俺達が…」
「海老フライの恨み」
「壁ぶち抜いたのはテメェだろ!?」
「仕方ないじゃない、思わず手が滑っちゃったんだから」
普通手が滑っただけで壁は無くならないのだが…ゼルガディスは大きく息をつくと金貨が何枚かつまった袋を店主に渡した。
残りはあいつらに出してもらえと。
「なになに?修理代出してくれるの?」
「後で返せ」
「やだ、ゼルが勝手にだしたんだもん」
「とにかくもう帰るぞ…」
今度こそ店を後にした。
ぷらぷらと宿に向かう通りを歩く。
数歩前を歩いているリナの表情は見えない。
今夜あたりまた悪い癖が出るのかとつらつら考える。
止める権利などありはしないが…できれば止めてほしい。
代替え品にいくら走ったところで、結局それが本物になることなどないのだから…
そう、ここにいる自分すら…彼女の本物にはなれない。
ガウリイはいつまで支配するのだろう?
リナはいつまで支配されるのだろう?
決別する日が来た時…それは誰を選ぶのか…想像できなかった。
「…ねぇ、ゼルー」
いつの間にか足もとばかり見ていた。
顔上げると彼女が空を見上げている。
つられて上を見ると欠けた月があった。
「なんだ?」
「………」
「リナ?」
「やっぱなんでもない」
ふるふると首を振る。
そうかと頷いて再び歩き始める。
深く聞くことは、今は出来そうに無い……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーん…」
灰色の雲を見つめてリナは首を振った。
くるりと街道で回れ右をする。
「雨が降るわ、町に戻りましょう。濡れるのも野宿も嫌だし」
「そうだな」
来た道を再び戻る。
町を出たばかりのころは雲ひとつない青空だったと言うのに…
ゼルガディスは、あっという間に薄暗い雲に覆われた空を眺めた。
山の天気は変わりやすく、雲の流れは速い。
こんなことは別に珍しい事でもない。
天候をある程度読んで出発するかどうか決めるのだが、外れる時だってある。
そのまま進んだ方が良い時はそうするが、今回は何もない峠で雨に当たる。
都合よく山小屋があるとも限らないのだ。
今朝出たばかりの町に戻るのは癪だと言わんばかりにリナが小石を蹴った。
石は何度か地面を跳ねて、草むらに消えていった…
「ふふっ…」
しばらく無言で歩いていた時だ、ふとリナが面白い事を思いついたように笑った。
クスクスと『そうね、そうしよう』と何か一人で納得している。
不気味だ。
どうせ良からぬことを考えているに違いない。
「ゼルー?」
「なんだ」
内心構えて聞き返す。
「町に戻って、もし部屋が一つしか開いてなかったら一回寝てみよっか?」
「………」
「あ、添い寝って意味じゃないから」
「………」
「ん?あれ?ゼルー?」
ひらひらと目の前で揺れる右手。
おどけた声。しかし、どうしてそんな顔をする?
ここ数カ月で見慣れた笑顔には、昔の彼女らしさは欠片も無い。
例えば寝てみたら変わるだろうか?
それは、笑うだろうか…懐かしいあの頃のように…
「そうだな」
「え?」
「それもいいかもな」
「ゼル…?」
細い手首を掴むと、どこか戸惑った声が上がった。
どうやら、予想外の答えだったらしい。
しばらく前に、寝たいのか?と聞かれ、違うと答えた。
だから今回も同じやり取りになると思ったのだろう。
逃げはしないが、リナの頬に微かに赤みがさした。
照れではなく、怒りでもない…
ゼルガディスは嘘だと呟いて手を離した。
リナは気が付いているたのだろうか…息を止めるほど己が引いていた事に。
知らない誰かならおそらく何の抵抗もないのだろう。
発作のように、擬似的に求めるから…それはあくまで、ガウリイの代わりなのだ。
しかし…
知り合いで、しかもガウリイのことも知っている相手となるととたんに罪悪感が芽生えるらしい。
そのことに今気がついたというところだろうか…
「や、やだ…そういう嘘は…」
「リナの冗談に合わせただけだ」
「…そう、ね…悪かったわ」
「いや」
冗談も命がけだってこと忘れてたわ…とリナは曇り空を見上げて吐き出した。
その日、雨は大地を濡らした。
Fin
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