※注意※
若干ゼルリナです。死モノで重い話です
リナが他の人と……が苦手な方は特に気をつけて!!
ガウリナ派、ゼルアメ派の方は特に注意です。
↓
傷を負った獣は眠ることを止める。
目を閉じれば死が迫る。
生き伸びたければ闇を睨み続けるしかない。
瞼が落ちる。
闇に包まれる…
…失う痛みに最早悲鳴も枯れ果てた―――
「っ!?」
夜中リナが飛び起きた。
魔道書に目を落としていたゼルガディスはいつもと違う様子に首をかしげる。
いつも、ふとした瞬間に目を覚ますことはあった。
眠りが浅いのだろう、かすかな物音で一度目を開ける。
しばらくぼんやりと何かを探して…諦めたような息を付きふたたび眠る。
しかし、今日は違った。
文字通り飛び起きたのだ。手負いの獣のように剣を手にして…
肩で息をするそれは、ぴたりと壁に背を付け短剣を握り直した。
そこまできてようやく今の状況に気がついたのか、目の前の男の名を呼んだ。
「ゼル…なんであたしの部屋にいるの?」
それには、聞かれた彼の方が困った。
一呼吸置いて、落ち着いてきたのか『あ、そうか…そうね』と一人納得しながらぺたんとベッドに座り込むリナ。
「そうだった、ゼルと寝ることにしたんだった…」
「…誤解を招くような言い方をするな。駄目な方へ逃げそうになるから見張ってくれと言ったのはお前だろう?」
「そうだけど、言い方なんて別にいいじゃない。誰も聞いてないし、それにソレ今更だし」
それはそうだ。
他人から見れば一部屋で男女が寝るということは、そういう意味で寝ると取られても仕方ない。
現にツインを頼むと言った時宿の親父は、ダブルもありますよ?と首をかしげた。
ゼルガディスはあきらめのため息をついて…ふと気がついた。
力が抜けたように見えたリナの手に、まだしっかりと剣が握られていることに。
「リナ…」
「なに?って、あぁ…あれ?」
視線の先に気がついたのか、それが剣を放そうとするが、指が動かない。
握った拳が白くなるほど力を込めている。
おかしい。
ゼルガディスは魔道書を置くと立ち上がりリナの傍に寄った。
小さな手を包んで、指を一歩一本解いていく。
何があったのか、そろそろ聞くべきなのだろうか?
「取れたぞ」
「あ、ありがと…」
無言でそれを見つめると、『なに?』と笑う。
話す気は無いらしい。
「まだ朝まではしばらくある。寝ておけ」
「うん。あ、ちょっと下でお酒飲んでこようかなー」
「…おい」
「じょーだん…冗談よ…」
もぞもぞとベッドにもぐりこむそれ。
再び自分のベッドに戻り本を開くゼルガディス。
時折ページをめくる音だけが響いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ…行かなきゃだめかな…」
「言うな」
ガタゴトと揺れる馬車の中でリナは嫌そうに口を開く。
もう何度目になるかわからない問いかけに、ゼルガディスも同じ言葉を返した。
馬車と並走する馬とその背に乗った人。
旅用のマントにはでかでかとセイルーンの印があった。
リナも反対の窓を見つめている。
リナと旅を初めて半年たった。
昼を過ぎたころ、少し大きめな街についたのだが、宿を取る前に調べたいことがって魔道士協会に行き…
二人は捕まった。
第一王位継承者フィリオネルが正式な国王になる式典に招かれたのだった。
「逃げちゃおっか?呪文でどかーーーーんと!!」
「…これが言われの無い罪での投獄なら協力するが…ちゃんとした召喚状を持っている兵士にそんなことできるのか?」
「ほ、ほら、アメリアなら『ごめん』って言えば許して…」
くれないわよね…とリナは肩を落とした。
会いたくないわけではないのだが、どうやら気が引けるらしい。
ゼルガディス自信も、彼女に会うのは…何年ぶりだったか。
共に旅していたころを少しだけ思い出した。
リナがいて、ガウリイがいて、アメリアがいて、自分がいた。
まだブツブツと文句を言っているリナをちらりと眺め、改めて時が流れたのだと実感する。
随分と、変わってしまった。
「そういえば、アメリア結婚したんだったわね…」
「あぁ。らしいな」
あの頃の彼女とはもう立場も生きる世界も違うのだろう。
旅先で、セイルーンの第二王女婚約の噂を聞いた。
その噂からもう何年もたつ。
「あ、やっぱり寂しい?」
黙ったそれを茶化すようにリナが笑う。
ゼルガディスは肩をすくめ首を振った。
昔、胸に抱いた気持ちは愛などではない。今ならわかる。
恋と呼ぶには曖昧すぎたそれは、おそらく家族に抱くようなものだったのではなかろうか?
手のかかる妹のような。
大事だった事に変わりは無いが、それの婚約・結婚を聞いても不思議と心は動かなかった。
幸せならそれでいいと思ったのだ。
あれが、のびのびと己の道を生きられるのならば…決められたレールの上であろうと、彼女自身がそこから降りるつもりが無い事は分かっていたから。
決して捨てられぬ責任が、あの小さな背にのしかかっていた。
「…やだ、黙らないでよ…悪い事聞いた?」
「いや。少し思い出していただけだ」
「何を?」
「着地をいつも失敗していたな…と」
正義を、愛を叫んではいつも着地を誤る。
妙なこだわりから、回転やひねりをいれようとする。
それがいけないのだと言っても、カッコよく着地するのがヒーローだと譲らなかった。
今もあの頃のままなのだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リナ!!」
「ちょ、アメリア…苦しいっ」
数日後たどりついたセイルーンで再会した彼女は、あの頃とさほど変わりは無かった。
部屋に通され、出された紅茶を飲んでいると…飛び込んできたのだ。
窓から。
苦笑いするゼルガディスの前で、リナが窒息しかかっている。
随分と背が伸びた。
最後に別れた時は確かリナと同じくらいだっただろう…
「あ、め……っ」
「アメリア、そろそろ放してやらんと、リナが死ぬぞ」
「え?あーーーーーーリナ!?酷い誰がこんなこと!?」
わかっていてかどうなのか、ガクガクと肩をゆさぶるそれ。
そして、リナのスリッパが閃いた。
どうやら、ガウリイの死は関係なく…スリッパは常備しているらしかった。
「改めて、久しぶりねリナ。ゼルガディスさんも」
「あぁ」
「ホント。久しぶりに殺されかけたわ…」
「やだ、ゴメンってさっき謝ったでしょーーー」
ここにガウリイがいないことをアメリアは聞かない。
調べはついているということだろうか…
「そういえば、よかったの?こんな忙しい時期に」
「えぇ。もちろん!わたしが呼んだんだものかまわないわ」
「フィルさん、ようやく国王になったのね…」
「やっとね」
一見穏やかに見えるセイルーンでも内部でいろいろと蠢いているものはあるようだ。
過去も、現在も。
アメリアの結婚ですら、そのなかの一部なのだ。
リナが少しだけ声をひそめた。
おそらくゼルガディスと同じことを思ってのことだろう。
「あんたは今幸せ?」
一生の伴侶すら自由に選ぶことはままならない王族の彼女に、今更自分たちが出来ることなど無いのだろうが…確認せずにはいられない。
自身の事などすっかり何処かに追いやって聞くリナに、ゼルガディスは少しだけ苦しさを覚えた。
そんなリナにアメリアはふっと微笑み、何か言いかけた時だ。
黒い塊が…窓から突っ込んできた。
がっしゃーーーーん!!!
と派手な音を立てて壁際の壺が割れる。
「なにっ!?」
「なんだ!?」
思わず身構えたその目の前で、突っ込んだ何者かが身を起こした。
割れた破片をぱふぱふと手で払いながら立ち上がる…それはどうみても子供で…
アメリアが微笑んだ。
「アルフレッド」
「かあさま」
とてとてと駆け寄ったそれはぎゅっと彼女に抱きついた。
4,5歳だろうか…結婚したことは知っていたが…子供の事は初耳だった。
アメリアと同じ艶やかな黒髪で目元も彼女によく似ていた。
噂すら聞かなかった子供は明らかに彼女の子である。
王族の子ともなると、国の内情に左右されその出生を隠されるケースもある。
夜会に出る歳になって初めて、世間が知ることも。
しかし、セイルーンがそこまで荒れているようには見えないのだが…もしかすると、出奔したままの第一王女の件が絡んでいるのかもしれない。
王位継承にかかわること故に…無用な争いを避け、子を守るため。
これにはリナも驚いているだろうと隣を伺い…ゼルガディスは息をのんだ。
ぽとり…とリナの頬を涙が伝う。
そうだった。
リナとガウリイには子供は出来なかったのだと言っていた…
ゼルガディスが今日のところは引き上げよう。そう言おうとしたときだ。
「さぁ、アルフレッド、こちらのゼルガディスさんを書庫に案内してくれる?」
「はい。かあさま」
「なにを…」
「本当は部外者には閲覧禁止なんですけど、特別に許可をもらったから、調べ物してきてください」
リナと二人で話したい事があるから出てくれという意味だった。
アメリアがどこまで知っているのかは知らないが…もしかしたら女同士の方が話しやすいこともあるのかもしれない。
半年一緒にいて聞けなかったことを…彼女ならば聞き出せるかも。
そしてリナが抱えているものを少しでも、軽くしてくれるかもしれなかった。
ゼルガディスは一つ頷くと席を立つ。
いつの間にか側に来ていた彼女の子供が、無邪気に手を握った。
小さくて、柔らかな手だった。
「おじたん、こっち」
「あぁ…」
見かけによらず、ぐいぐいと引く手の強さは、昔の彼女に似ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さてと…お茶冷めちゃったわね。淹れなおしましょう」
馴れた手つきで準備するアメリアをリナはぼんやり見ていた。
言葉が出てこない。
しばらくしてことりと目の前にカップが置かれた。
甘い花の匂いがするお茶を無意識に口に運ぶ。
―――ぽとり―――
ただ、涙が出た。
失ったものを改めて思い出した。
そして…あの日の自分を呪った。
「ねぇ…アメリア…」
「なに?」
―――どうしてガウリイは、あたしも連れてってくれなかったのかな?―――
一緒に死んでしまえたら楽だったのに。
ずっと一人で抱えてきたそれをリナは全て吐きだした。
ゼルガディスにも言えなかった事。
再び前を見るために、目をそらすことは許されない。
心が軋む音が聞こえた。
Fin
|