息苦しくて目を覚ます。
暗い室内。
見覚えがあるような、無いような…よくある宿屋の板張りの天井。
階下ではまだ酒場が開いているのか、酔っ払いの喧騒が微かに聞こえてきた。
それと同時に、自分のものとは違う息遣いも聞こえる。
「…またか…」
胸の上に感じる微かな重みは多分腕だろう。
毛布の上に乗っかって、ぴったりくっついているものだから…結構苦しい。
肩と頬のあたりに、もぞもぞしているのはそれの髪。
小さくため息をつくと、リナは首だけを持ち上げて確認した。
「…やっぱり…」
ドアがおかしなことになっている。
一応閉めてあるけれど…あれはどうみても、立てかけてあるだけのようだ。
蝶番の一部が床に転がっているのも、黒い影となって見える。
これで何度目だと愚痴を言いつつ深く枕に頭を埋める。
酔うと時々やるのだ。
曰く、悪気は無いらしい。
…それを素直に信用できないのは、これの日ごろの行いの所為だ。
「ガウリイ…」
「ん〜」
起きろと言ってみても反応は薄い。
アルコールの匂いがキツイからまた馬鹿みたいに飲んだのだろう。
少しは限度というものを考えてほしいのだが、そもそもそんな事をちゃんと考えられる脳みそは持ち合わせていないのかもしれない。
なんせくらげが詰まっているも同然の記憶力なのだから。
しかしだ、こうも毎回ドアを壊されてはたまらない。
修理費を請求されるし、宿のオヤジには嫌な顔されるし。
壊した本人は「ごめんごめん」と笑顔で誤り許してもらえるのだが…何故かこっちに非難の視線が向くから迷惑なのだ。
だからといって、鍵を開けたままにしておくのはもっと危ない。
いろんな意味で兎に角危険だ。
もっとも…この金髪危険生物は、鍵の有無など関係なしに侵入しては襲ってくるのだが…
「…ったく…」
このまま床にでも転がそうかと思ったけれど、肌寒い季節。
人の部屋で凍死されても寝覚めが悪い。
なんとか、それの下敷きになっている毛布を引っ張って取ると、自分とそれとに毛布をかけなおした。
ひんやりとした空気と、それの身体。
いつもは無駄に高い体温が今日はずいぶん低い。
そんなことを思いながら、もう一度寝ようと目を閉じた…そのときだ。
ぬくもりを求めてなのか、それとも癖なのか知らないがガウリイの手が伸びてくる。
そして、とても眠っている人間とは思えない力で抱きこまれた。
「う…ぐっ」
苦しい。ものすごく苦しい。
しかし、暴れれば暴れるだけギュウギュウと豊かな胸を顔に押し付けられる事は、何度かの経験で理解していたので身体の力を抜く。
これでも、苦しいことに変わりは無いが、窒息死させられるよりはマシだ。
前にこのことを指摘すると、ガウリイは首をかしげ笑った。
『わたし、毛布とか抱き枕にする癖あるのよね、リナちょうどいいし』
何がちょうど良いのか…とあきれたものだ。
この癖も、酔うたびにドアを壊して侵入する癖もなんとかしなければ困る。
大体、何故自分なのか…ガウリイ位の美人なら引く手数多だろう。
それこそ、一国の王だって花束抱えて金銀財宝積んで求婚しそうなもんだ。
「…ってこいつ、そういうの興味ないから駄目か…」
王妃とか向いてないもんな。と妙に納得した。
それにしても、だ。やっぱり理解できない。
自分で言うのもなんだが…顔は良い方だ。
背はいささか小さいが、成長期でもある…現にガウリイと出会った時より結構伸びた。
もう少し頑張れば追い抜けるところまできているし。
女と間違えられることも減った。
それでも、やはり…ガウリイがここまで自分に執着する理由が分からない。
「………まさか…」
嫌な単語が浮かんだ。
あり得ないと思いつつも…あり得そうで怖い。
経験豊富な年上美女…という観念からも否定できない。
俗に言う…『チェリーハント』…いや、まさか…ガウリイが?このくらげがか?
柔らかい胸の感触を頬に感じながらリナは宿の天井を見上げていた。
「………」
そして一つの答えに行きつく。
結局、それは、自分をからかって遊んでいるだけなのかもしれない。
本気なら、それはそれでなんか手段がいろいろ間違っている気がするし…
「朝になったらとりあえず…スリッパ1発と説教だな…」
今度こそ眠るために目を閉じた。
Fin
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