「聞いてる?リナ」
ひどく真面目な声でガウリイが名前を呼んだ。
リナは、今まさにかぶりつこうとしていた、大きなチキンとフレッシュトマトを挟んだバケットサンドを前に一瞬考える。
顔を上げるかどうか。
「………」
めんどくさそうだったので、声は無視してかぶりついた。
言いたいことは何となくわかるし。
おいしそうな匂いを前にすれば、ガウリイの戯言など右から左だ。
「…無視するなんて酷い…」
しくしくしくと落ち込むふりは、リナには通用しない。
ただ厄介なことに…他の連中には効果大なのだ。
店中から痛い視線が突き刺さる。
美人というのは得だ。
特にガウリイみたいに、非の打ちどころがない美人も珍しい。
すらりと背が高くて、健康的で、人懐っこい笑みと柔らかな物腰…あと黙ってさえいれば知的に見える涼しげな目元。
癖のない金髪もきらきら輝く光を集めたみたいだ。
もちろんスタイルも良い。
元傭兵という職業柄…多少筋肉質ではあるがムキムキしているわけではないからやはり美しいのだ。
そんな美女が、盛大に悲しみを表現したら…悪者になるのはたった一人。
リナは口の中のものを珈琲で流し込んで、ため息をついた。
「わかった。話聞くから嘘泣きやめろ…ガウリイの場合、性質悪い…」
「ん?そう?」
伏した顔を上げる。
涙の跡など一筋だってない。
子供みたいににっこり笑ったそれを前に、頭を抱える。
背後で腰を浮かしていた男達が、おとなしく席に座りなおす気配にまた深いため息をついた。
「あのさぁ…ガウリイがそうやって嘘泣きするたびに…俺見ず知らずの奴らに殴られそうになるんだけど?」
「平気よ。リナが殴られる前にわたしがその人斬るから」
「いや、斬るなよ…」
「じゃぁ殴る」
その前に、嘘泣きさえ止めてくれればいいのだが…と思ったけれど、言うのをやめた。
『リナが無視しなければ、そんなことしない』と正論を言われそうだったからだ。
もう一口珈琲を飲む。
「で?何の話だった?」
どうせ大した話ではないのだろう。
はくりっとトーストにかぶりつきながら聞くが…なかなか言わない。
しばし沈黙が続き…それは困ったように首をかしげた。
嫌な予感。
「…ねぇ、リナ…わたし何を言おうとしてたか解る?」
あれ?とそれ。
どうやら思い出せないらしい。
これが、よくある質問を質問で返す意味のない会話ならキレるところだ。
『歳は?』
『えー、いくつにみえる?』
とかいうアレだ。正直イラつく。
知るか!!と叫びたいところだったけれど、延々うんうん言われても面倒だ。
ガウリイの場合本気で思い出せないのは明白だし。
あらびきソーセージにたっぷりマスタードをつけたフォークを口に運びつつ言った。
「どうせ、今朝のスリッパ一発の件だろ?」
パリっと良い音を立てるソーセージ。
じゅわっとあふれる肉汁も素晴らしい。
通りかかったウエイトレスに追加注文をして向き直る。
「そう、それ、スリッパって結構痛いのよ!」
「…普段呪文で吹き飛ばされても平気な癖に…」
「ちがう。今朝のスリッパは心が痛かったのよ…とーっても」
はて?とリナは首をかしげた。
何時も通りの良い音だったと思ったのだが…特別に何か魔法を使ったわけでもない一発のはず。
「だって…」
「うん?」
「朝からちょっとムラムラしちゃって…リナが寝てる間に服脱がせようとしただけなのに…殴るんだもん」
「…それは殴られても文句言える立場じゃないだろ…」
「でも、あんなに怒られるなんて…嫌われてるんだと思ったら胸がぎゅーって痛く…」
馬鹿だ。とリナは結論付けた。
掛け値なしの本当に馬鹿なのだ。
本能のみで生きているのか?
面倒くさそうに、どこか投げやりにリナは口を開いた。
「…とりあえず、別に嫌ってないから朝飯食えよ…いらないなら俺が食うぞ」
「あ、うん…って…ソーセージ無いんだけど…」
「追加頼んだ」
もぐもぐとパンを頬張るガウリイ。
半分ほど食べて飲み込んだ頃…ようやく気がついたのか…突き刺していたブロッコリーがとぽりと落ちた。
「リナ…嫌ってないってホント…?」
「今頃耳に届いたのか…」
「あ、いや、うん…えっと…それって好きってことよね?」
「…嫌ってないってだけ。好きとか言ってない。」
「うーん…わたしそういう難しい言葉の駆け引き好きじゃないんだけど…」
どこらへんが難しいんだ?と首をかしげる。
そんなリナにかまわず…ガウリイは『わかったわ』と笑う。
そしてがたっと席を立つとリナの腕をつかんだ。
「あ、何?」
「とりあえず部屋へ行きましょう!!」
「は?」
「やっぱり手っ取り早く気持ちを確かめる方法はアレよ!!」
さぁさぁと楽しげに腕を引く。
さりげなく胸を押しつけられて…リナの顔が赤らんだ。
そして…
すぱーーーーーーんっ!!
と景気のいい音が、食堂に響いた。
Fin
|