何かに呼ばれたような気がして目を開けた。
回りは何も見えない暗闇で…どれくらいの時間がたったのか解らない。
ほんの数分かもしれないし、数時間かもしれない。
『………』
声を出しても響くものが無いこの場所では全て無に飲まれてしまう…話す相手も居ないのだから別に構わないのだけれど。
ふと右手に視線を向ければ光の筋の1本が絡まっているのが見えた。
他は皆、魔族も人も同じ場所を目指して淀みなく進んでいるというのに…
しかも、解こうとしても取れないそれ。
もしかして…ガウリイ?
聞いてみても誰かが答えてくれるわけじゃない。
あたしは更に意識を集中した。
世界を支える柱にできた綻びは大きくて、常に魔力を消費しているのだから本当は眠っているのが一番良いんだろうけど…
気になったのだ。
あたしが居なくなって…ガウリイがどうしているのか。
怒っているのか、泣いているのか…
『笑っていてくれたら…いいのに…』
頭に浮かぶのは優しい笑み。
どんな時だってすぐ傍にガウリイがいて…
あぁ…
…会いたい。
ガウリイに会いたい
そう願った時だ。
パッといきなり…目の前にヴィジョンが現れた。
随分と荒く消えてしまいそうなそこに映し出されていたのは…やつれた彼の姿。
『…ガウリイっ!?』
力なくベッドに背を預け、窓の外を見ている。
食事を手にした宿のおかみさんの姿があった。
顔に見覚えがある。あの夜止まった宿のおかみさんだ…
――ねぇ、あんた…そろそろ食事を取らないと…死んじまうよ?――
声が聞こえた。
ヴィジョンからではない…手に絡みついた光の中から微かに聞こえてくる。
やっぱりこれはガウリイ…
『ガウリイ…どうして…』
――リナ…どうしてだ…――
『っ!?』
光と、ヴィジョンを通じて…絶望が流れ込む。
初めて気が付いた…彼にはもう…未来も光も見えていないのだと…
ガウリイにとっての世界は…もう存在しない…
そんなガウリイを見つめ困ったように話す宿の人たち。
「…医者はなんだって?」
「それがねぇ…精神的なものだろうって…心が折れちまってるって話だよ。」
「飯は?」
おかみさんは首を振った。
「お医者様とね、無理矢理にでも食べさせようとしたんだよ…せめて水だけでもと…」
でもねぇ…みんな吐いちまうんだ。と困ったようにガウリイを見た。
このままじゃ本当に死んじまうねぇ。と呟く声が頭から離れない。
『嫌よ…』
ガウリイが死ぬなんて絶対に嫌。
彼が死んじゃったら…何のためにあたしはここに来たの?
でも、ここにいては何も出来ない。
傍にも行けない、声も聞けない…顔だって…青い瞳の色すら見えない映像で…
『…ガウリイっ!』
必死に手を伸ばす。
伸ばした分だけ遠ざかるヴィジョン。
あたしは、どうすればいいの?
何をしたら…彼は笑顔でいてくれるのっ!?
帰りたい。
やっぱり世界なんてどうだっていい…ガウリイさえ…笑ってくれたら…
―――そう…ガウリイさえ笑ってくれればいい―――
『あたしのことなんて…忘れちゃえば良いのに…そしたらきっと…元気になるよね?』
右手に絡まる光はガウリイに繋がってる。
目を閉じて静かに探った。
全てに蓋を…
次に目を開けるとあたしは無の空間から暗い部屋の一室に移動していた。
でもわかる…凄い力であの亀裂に引き戻そうとする力が働いている。
消耗するのはわかっていたけど…やらなくちゃ。
ベッドの上には青白い顔のガウリイ。
『…馬鹿ね。ホント…』
返事は無くて、伸ばした手も彼をすり抜けた。
それでもそっと頬をなでるように手を沿え、キスの真似事をしてみる。
物語なら王子様のキスで目を覚ますトコだけど、生憎あたしは女だし…
そう思ったのだが…
「…り、な…」
彼は重そうに瞼を開いた。
目の焦点があっていない。
姿は見えないようで…でもあたしが近くにいるのを感じているんだろう…毛布の下で微かに手が動いた。
何度も名前を呼ぶ。
答えたいけど…今は…もうこれしかない…こうするしか…方法が無いのだ。
右手にぐっと力を込めた。
「…り、…な…リナ…嫌だ、何を…?」
こんな状況でも勘だけは相変わらずで…アストラルサイドからの干渉に気が付いているのだろうか…
彼は首を振った。
得体の知れない何かから逃れようとしても動けなくて…ただうわごとの様に『やめてくれ』と繰り返す。
あたしは少しずつ、でも確実に…彼の記憶に蓋をする。
リナ=インバースに関する全ての記憶。
あたしたちの出会いも、戦いも、思い出も…愛おしい記憶も…彼を苦しめるなら消えてしまえばいい。
何もかも無かったことになっても…
ガウリイが他の誰かを好きになっても…それでも構わないっ!
「リ、ナっ!?」
一番頑丈な蓋をつけよう…”リナ”…は思い出してはいけない名前だから…
「い…ヤ、だ……っ」
『…おやすみ…ガウリイ。』
Small Garden【鍵の在処】へ…
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