死は唐突だ。
昨日まで元気だった人が翌日にはぽっくり逝ってしまう…
よくあることだ。
そしてその”よくあること”は生きている限り全ての人間に訪れるであろう絶対の事実。
否定することも、ましてや逃れようとするなんて愚の骨頂。
死が約束されていることがどれだけ幸せか人は知らない。
―――俺は
彼女は―――
その絶対的幸せを失った…人であって…人間(ヒト)でない存在。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぐっ…ん〜ねふぇ〜〜?」
口一杯に露店でしこたま買い占めた肉饅頭を頬張りながらリナは俺を見上げる。
数週間前に知り合った女。
俺と同じ…不老不死となった女。
「ふぇ?がふりい、きいてふ〜?」
「あ?…悪いがリナ食ってから喋ってくれ、何言ってるのか全然解らん…」
そんなに一気に詰め込まなくても袋にはまだたくさんあるのに。
そう思いつつ、俺も肉汁がたっぷりの饅頭を口に運んだ。
リナが露店で『あるだけ全部ちょーだい♪』と言ったときには、ここ数週間で俺も随分慣れたとはいえやっぱり驚いた。
店のおばちゃんが小さな目をぱちくりさせて一瞬止まったことすら仕方がないと思う。
しかしそこは商売人。立ち直りは速いらしく
『そんなに食べたら、食べ過ぎで死んじまうよ?』
けらけら笑いながら、今店にあるだけの肉饅頭を袋に詰め込んで渡してくる。
リナは同じく笑いながら言った。
『そんな美味しい死に方できるなら本望よ。』と。
俺達は死ねない。
決して―――――――
「だ〜かぁら!?聞いてるのガウリイ!!」
いつの間にか袋の中身を空っぽにしたリナが俺を睨み上げた。
その瞳が太陽の下キラキラと輝く。
生きている瞳。
今を生きているリナ。
それは俺も同じだと言うのに…何が違うのか?
俺とリナでは、どこが違うというと言うのだろうか…。
同じ時間を、同じだけ共有しているのに。
「悪い…聞いてなかった。」
「あーアンタ、また下らないこと考えてたんでしょう?」
「わかるか?」
「解るわよ。だって初めて会ったときと同じ目してるし。」
「同じ目?」
「うん。なんか全部諦めちゃって荒んでる感じ。」
そうかな…?
と右手で瞼の上から目に触れる。
彼女と会ったのはついこの前だと言うのに…リナは俺のことを誰よりも知っていた。
俺の考えていることも、何もかも。
それがとても不思議だ。
俺はそんなにも考えていることが顔に出てしまっているのだろうか?
そう思っていると、幾分声のトーンを落としてリナが呟いた。
「時々だけどねぇ…」
「うん?」
「あたしも、アンタみたいに悩むときがあるのよ。」
「え゛ぇ!?」
「なによ!その不思議な生き物と遭遇したような驚き方は!?」
「お前さんでも悩むのかと…」
「うぁ、しつれー!!」
ぷぅっと頬を膨らませてリナが俺を睨んだ。
でも次の瞬間には柔らかく笑う。
「誰でも悩むモンよ。あたしだってこんな身体になってから…必死になって色んな死に方試してみたわよ?」
「………。」
「手首切ってみたり、崖から飛び降りてみたり、重りをつけて海に沈んでみたり…下手したら世界を…」
「…え?」
最後の方は消えそうな声で呟く彼女。
思わず聞き返した俺にリナは、なんでもない!と慌てたように手を振った。
「でもさ、痛いだけで結局生き返っちゃうのよね…どんなにバラバラになっても、跡形無くなるような死に方しても…」
「…リナ」
「何度目だったかなぁ、『わざわざ痛い思いしてなにやってるんだろう?』って思ったら急に馬鹿らしくなってね。」
ふわふわと大人びた笑みで俺を見つめる。
頬がほんの少し赤くなった。
まっすぐに俺を見ていた視線はあっちこっちと泳ぎだしそして…
「そのとき思いだしたのよね。不老不死になった神父のこと。」
「え?」
「あぁ、そう言えば何年か前にそんな噂聞いたっけ…って思って。」
「…それで?」
「会ってみたかったのよ…噂が真実かどうかなんて知らなかったけど、それでも縋ってみたかった。」
「リナ…」
「あたしの心が弱ってた所為ね。誰でも良いから同じ時間を生きている人に会いたかったの。」
「………。」
「迷惑?」
え?と聞き返すと更に小さくなっていくリナの声。
迷惑かとリナは聞く。
でも、何が迷惑なんだ?
リナが一緒にいることが?
そんなはず無いのに…だって俺も会いたかったのだから。
同じ時を生きている誰かに。
この孤独を、不安を、闇を照らしてくれる光を求めていた。
きっと俺は、無意識のうちに求めていたんだ。
誰でもない”リナ”を。
リナだけを。
「そんなこと無い。」
「ガウリイ…」
「迷惑なんてあるわけ無い。」
「…うん。」
笑ったリナの顔は陰のさしかかった俺の心を暖かく照らした。
そういえば、出会ったときもこの笑顔に救われたっけ?
生きていることを実感して、世界の色を鮮やかにしてくれたリナ。
俺の中に確かに芽生えたその感情は言葉にするにはまだ早く、曖昧で形を持たないけれど…
何時か伝えられたらいい。
長い時の中で彼女に。
それまでに、もっとリナを知らなければ。
見えるだけの”リナ”ではなく、見えない部分の”リナ”まで。
笑顔の裏に俺と同じ闇を潜めているのは確かで、それを理解できるのはこの世界に唯一俺だけなのだから。
「ガウリイ?」
「いや、なんでもない。」
「?」
「それよりリナ、さっき何言ってたんだ?」
「…おぉ!!それよ!それ♪」
「ん?」
んふふ〜♪と鼻歌を歌いつつ俺ににじり寄るリナ。
ドキリと胸が弾んだ。
小さな身体が背伸びして、桜色の唇が俺に近づく。
ゆっくりと開かれていく唇から目が離せない。
舌がちろりと覗き、笑みの形を刻み、そして…
「あれ♪食べたくない?」
「はへ?」
「だから♪アレッ♪」
指で示す先には美味しそうな匂いを漂わせている焼き鳥屋。
食欲をそそる良い匂いがするのだが…
「まだ、食うのか?」
「当然!美味しいモノはその場で食べなきゃv」
「ホント食い過ぎで死ぬぞ。」
「望むトコロよ!」
「おいおい…」
「さぁーーーv焼き鳥♪焼き鳥〜♪」
さっさと走り出してしまった彼女の後ろ姿を見つめ、呆れの溜め息一つ。
こんな旅が続く中
――俺ちゃんと自分の心を見つめられるのだろうか?――
などとちょっと不安に思った。
生きているとは言えない人生。
しかし、死人ではない二人…
彼らは―――そう。
生死の間に存在している。
Fin
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