世界はやはり残酷だ。
何故、時の流れから俺たちを追い出したのか―――
それとも何か理由があるのか。
考えても答えは出ない。
信仰を捨てた俺は長いときの果て、傭兵となり彼女と出会い、
彼女は、魔道士となりそして俺を見つけてくれた。
全ての始まりはここから。
ようやく止まった時が動き出す。
少なくともリナと出会うことで、俺の世界は動き出したのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「時代が変わっても…変化の無いものってあるのよねぇ…」
あての無い旅の途中、俺とリナはお決まりのパターンに遭遇していた。
人気の無い裏街道と言えばやっぱりいるのだ。
要するに盗賊。
「おい、ここを誰の縄張りだと思ってんだ?」
「さぁ。誰のかしら?ガウリイ知ってる?」
肩をすくめて、相手を馬鹿にした態度でリナが俺の方を見る。
やる気満々のようだ。
一緒に旅をするようになって解ったことがある。
リナの魔法が本物だと言うことと、剣の腕はそこらへんのごろつきが敵う相手ではないと言うこと。
魔法がおとぎ話となって久しい現在。
世の中で呼ばれる”魔道士”は呪術師や占師の類に変わっている。
リナのように本当の魔法を使える者がもうこの世界にはいない。
いや…俺たちが普通の人間だった頃には既に、魔法の存在は過去のものとなりつつあった。
宮廷魔道士ですら炎を生み出す術など使えなかったと聞く。
それなのに…
「火炎球♪」
どごーん!
と派手な爆発音と熱風。
視線の先にはぷすぷすと煙を立ててこげている盗賊達。
ぴくぴくと痙攣しているところを見ると、ちゃんと加減はしているようだ。
前にも盗賊を天高く吹っ飛ばしたことがあった。
しかも、手加減無しで。
『盗賊とは言え…いくらなんでも、やりすぎなんじゃないか?』
そう言うとリナは握りこぶしを作って力説した。
『悪人に人権は無いのよ!』と。
その盗賊がそんな目にあったのは、決して言ってはいけない禁句を口にしたのが原因なのだが…
「こ…この…まな板、おん、な゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっ!!」
ちゅどーん!
とさらに派手な音がした。
どうやら、こいつらも禁句を口にしたらしい。
このままでは骨さえ残らず消し炭にされる恐れもある。
それはあまりに酷だろう。
俺は怒り狂うリナの肩を叩いた。
「何よ!!」
ギロリと睨みつけるその顔はまさに鬼だ。
その形相に震え上がる盗賊達を眺めて俺は肩をすくめて見せた。
「それくらいにしといてやれよ。」
「嫌。」
「でも、やっぱ可哀相だろ。」
「全然!」
「うーん。でもなぁ。こいつらだって死んだら悲しむ奴くらいいると思うんだ。」
そう言う俺の言葉にあわせ、盗賊達がコクコクと首を縦に振る。
「アニキ…」と俺を崇め、神に祈るように手を合わせている。
「それにもうコレに懲りて悪いこともしないだろうし…な、約束できるだろ?」
その言葉に全員一致で「もう二度としません!」と答えた。
だから許してやろうぜ。とリナの肩をぽんぽん叩くと彼女は深々とため息をつく。
そしていつもの笑みで俺を見上げた。
「ガウリイが言うなら仕方が無いわね。許してあげるわ。」
「そうか。」
「でもきっちり後始末して解散させなきゃ…こいつらきっとまたここで旅人襲うわよ。」
リナが盗賊一同を見渡し、そして言ったのだ。
「だから、あんた達のお宝全部没収ね♪あとアジトも跡形もなく吹っ飛ばすから。」
「そ、そんな…」
「それだけは勘弁してくれ!俺たちが一生懸命稼いだ金だぞ!」
命が助かると分かるや否や途端に元気になる盗賊達。
しかし、一生懸命稼いだ金…って。
そんな奴らにリナはにっこりと微笑んだ。
鬼の形相よりも寒気を感じるのはきっと気のせいではないんだろうな。
「人様から奪ったものが…一生懸命稼いだお金なんだ。へー」
「…リナ…落ち着け。」
「んっふっふ。落ち着いてるわよガウリイ。大丈夫。消し炭にはしないから♪」
「まぁ。それなら良いが。」
俺が頷くとリナのて手のひらに魔力の光が宿る。
先程から何度も見ている炎の魔法。
盗賊達も何がなにやら分からないながらも、その光が危険であることは学習したらしい。
震え上がる彼らにリナが最後の選択肢を突きつけた。
選ぶ余地無しなのが彼女らしいのだが。
「じゃぁ、あんた達。この場で消し炭にされるのと、拾う骨が残る程度に手加減して吹っ飛ばされるのと、おとなしくお宝とアジトの場所教えて盗賊団解散するのと…どれが良い?」
彼らは素直だ。
「…スミマセン。解散シマス。」
「んふ。よろしい♪」
上機嫌でリナが振り向いた。
俺は苦笑いで荷物の中からロープを取り出すと、すっかりおとなしくなった彼らを縛ってひとまとめにしていく。
さながら、昔どこかの国で見た鵜飼のようだ。
そのまま彼らにアジトまで案内させ、そこに残っていた仲間もリナの呪文の前に素直に降参した。
だが…総勢20名弱の規模が小さい盗賊団は、彼女が期待したほどのお宝を持ってはいなかった。
そのことに少々不機嫌になりながらも、宣言通りアジトとして使っていた洞穴と小屋を、呪文で跡形もなく吹っ飛ばすとリナは縛り上げた彼らを見渡した。
「さてと。んじゃ行きましょうか?」
有り金全部奪われ、住む場所まで無くし、解散を命令された彼らは彼女のその言葉にきょとんと首をかしげた。
しかし、声をかけるのは恐ろしいのか誰も口を開こうとしない。
そんな彼らのロープを引っ張りながら「ほら、早く立って!」とリナが急かす。
その言葉に素直に従いつつも、中の誰かが勇気を振り絞りおずおずと声を上げた。
「あの…どこに行くんで?」
「どこって…決まってるでしょう?」
「き、決まってるって…何が?」
首を傾げるばかりの彼らに、最高の笑みでもってリナが宣言する。
「お役所♪」
「「「う゛え゛ーーーーーーーーーっ!?」」」
「だって、あんた達あんましお宝持ってなかったしー。」
「有り金全部…俺たちの懐まで漁っておいて…」
「それに、やっぱり言うじゃない?『悪人に人権は無い!』って。」
鬼だ。
誰ともなしに呟き、俺に助けを求めて視線を向けるが…
俺もリナには敵わない。
それにやっぱり犯した罪はちゃんと償うべきだと思うし。
「悪いな。リナには逆らわないほうが良いと思うぞ。それに、アレだ!お役所も骨くらいは残してくれるさ。」
こいつも鬼だ。
天使の顔をした鬼だ。
非難の声を上げている彼らだが…どうやらリナに逆らうよりも、命ある人生を選んだらしい。
素直に町へ向けて歩いていく。
リナは役所でもらえるであろう、臨時収入に思いを馳せ上機嫌で鼻歌を歌っている。
結局その臨時収入も期待したほどの額ではなかったのだが…。
「はぁ…なんにしても中途半端な盗賊団だったわね…と言うか、盗賊愛好会よあんなの。」
ふんっ。と不機嫌になりながらも今日の成果を宿屋の床に広げている。
宝石や金貨、装飾の施された剣もある。
宝石は種類別に分け、さらに傷物とそうでないのを区別しながら袋につめていく。
その様子をいすに座って眺めながらふと前々から聞きたかったことを切り出した。
「なぁ、リナ?」
「んー?」
「リナはなんで魔法なんて使えるんだ?」
そう聞くと、リナは宝石から目を離し俺を見上げる。
「うーん。勉強したのよ。というか読んだの。教会の地下にある魔道書を片っ端から。」
「…教会になんでそんなもんが?」
少なくても俺がいた教会には魔法に関係する本なんてなかった。
それどころか、教会は魔法を魔物の力を借りた、異端の技だと唱えていたはずだ。
その所為で魔道士の迫害が始まり…魔法は衰退していったと聞いたような気がする…多分、概ね…そんな感じだったと思う。
俺が生まれる何百年も前の話だ。
「魔法は邪悪なものだって…大昔のお偉い人が言ったらしいわね。誰だか知らないけど。で魔道士の迫害と、魔法に関連する全ての文献や遺産が消されていった。」
「教会側もその意見に乗ったんだよな…たしか?」
「うん。積極的に支援したのよ…でもやっぱり同じ神様崇めていても皆が同じ考えってわけじゃないでしょ?」
「それはそうだな。」
頷くとリナは苦笑いしながら先を続けた。
「で、あたしのいた教会では異端の術とされている魔法を代々受け継いできていたの。治療魔法だけなんだけど。」
「治療魔法?」
「そ。傷や病気を治す魔法。分類では白魔術ってことになってるんだけど…あたしそれが苦手で。」
「へぇ?」
「なんか身体に合わないっていうか…神父様や、シスターに何度教えられても出来なかったのよ。」
なんて言うか、魔法を発動させるのに大切なイメージができないっていうか。
とリナは唇を尖らせている。
本当に出来ない事が悔しかったらしい。
「魔力はあるのに、治療魔法が使えないなんて…って見習い仲間に馬鹿にされて…。」
で、それが悔しくて何か他に自分に合った魔法は無いかと立ち入り禁止の書庫をこっそり調べているときに隠し扉の奥にあった黒魔術の本を見つけたのだ。
特に黒魔術の文献は処分しなくてはならない物だったのだが、リナのいた教会ではそれを隠していた。
神父以外はその部屋の存在すら知らず、そして神父ですら決してその部屋に入ってはならず、読むことすら禁じられていたのだが…
リナは夜な夜な部屋を抜け出し、そこにあった魔道書を片っ端から読んで勉強したらしい。
「夜中に教会の裏山で色々呪文を試したもんよ。」
「へぇ。」
「初めて炎系の大技を試したときは、森を半焼させちゃって…」
「…なっ」
「で、焦って氷系の術でなんとかしようとしたら狙いが外れて湖を凍らせちゃって…えへ。」
他にもいろいろ失敗したのよ。
とリナは笑う。
どれもこれも、笑って話せる内容とは思えないのだが…
「ま、アレは町の七不思議としてきっと今も語り継がれているでしょうね。」
「七不思議ってなぁ…」
「でも安心して良いわよ。流石にもうそんな失敗はしないから。…多分。」
「…多分って…大丈夫なのかホントに。」
「大丈夫よ。」
大きく頷いてリナは再び戦利品の仕分けをはじめる。
それを眺めながらふと思った。
この世から消えてしまった魔法をリナだけが使うことができる。
もしかしたら…リナが俺の前に現れた事も一つの魔法なのかもしれない。
一瞬でこの心を変えた魔法。
世界を色づかせ、時を動かした。
神などもう信じてはいないが…感謝したいくらいだ。
出会いと言う奇跡をありがとう―――と。
残酷な止まった時の中で、俺は奇跡に出会った。
リナと言う最高の魔法。
再び、普通の人間に戻れる日が来るのかは解らないけれど…
それでも今はこの一瞬を大切にしたい。
Fin
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