人生最大にして最強の敵が目の前にいる。
こちらから一方的に睨みをきかせても微動だにしないそれ。
隅に追い詰めた。
しかしそれが逆効果だったようで…奴らは数を増して攻撃力が上がったような気がする。
ここは負けを認め逃げるが勝ちだ!
苦しもうが死なない俺だが…わざわざ苦しい道を行くことはないではないか!
そう言おうと顔を上げると彼女の笑みがあった。
"逃げんじゃ無いわよ。"
無言の笑みはそう語っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…リ」
「駄目。」
「あ、いや…まだ何も言っ」
「絶対駄目。」
にっこりと微笑んで彼女は優雅に紅茶のカップを手に取った。
その目の前には大きなシフォンケーキ。
生クリームが添えられたふわふわのケーキ。
一方…オレの目の前には皿。
ほぼ空に近い皿。
あえて見ないようにしているのだが…皿の隅には俺が追いやった緑の物が身を寄せ合っている。
量にして約スプーン1杯分。
どれだけ長く生きようともコレにだけには一生勝てなくたって良い…
ちらりと視線を上げてみたのだが…リナは黙って首を振る。
食え。
と言っているのだ。
「…っ」
勇気を出して口元へ…しかし気持ちとは裏腹に身体はそれを入れることを拒否して頑なに口を閉ざす。
「っ……ぷはぁ!」
どうやら息まで止めてしまっていたらしい。
苦しくて大きく息をついた。
それを見計らって…
「てい!」
「!?」
スプーンを奪い取ったリナがそれを俺の口に放り込んだ。
驚いてごくりと飲み込んでしまう。
一瞬の放心状態。
「な、何するんだリナ!?」
「何って?いつまでも、”あー”だの”う゛ー”だの唸られてても鬱陶しいから。」
「だからって…」
「でも一瞬だったから味なんて感じなかったでしょ?」
首をかしげて生クリームをたっぷりつけたケーキを頬張った。
確かに味はしなかった。
でも物には心の準備ってのが必要で…まぁあのままだったら準備が整っていたかどうか疑問だが。
「しっかし…ピーマン嫌いって。あんた歳いくつよ?」
「…100超えてます…」
好き嫌いはよくないわよ。
とか言いつつ食べ終わった皿を積み上げ新たにデザートを注文する彼女。
そういえばリナは食べ物の好き嫌いは無いようだ。
それとも嫌いなものは注文しないようにしているとか?
あぁ、でもよくメニューの端から全部!とか無茶な頼み方してるしなぁ…?
そう思っていると俺の前にもデザートの皿が置かれた。
さっきリナが食べていたセットメニューのシフォンケーキ。
口に入れると紅茶の良い香りが鼻から抜ける。
生クリームも甘すぎず良い。
それを食べながら聞いてみる。
「リナは好き嫌いとか無いのか?」
「あるわよ。」
「え!?じゃぁ何で俺には食えって言うんだよー。」
そういうと呆れたようにため息をついて彼女はババロアを口に入れた。
「あたしを拾ってくれた神父様の教えよ。」
「教え?」
「『食材に感謝して食べなさい。』だから嫌いでも食べるわよ。」
「………。」
「何よ?」
じっとリナを見ていたらギロリと睨んできた。
少し頬が赤くなっている。
「や、可愛いなと思って。」
「ばっ…ばっかじゃないの!さっさと食べないと取るわよ!!」
照れ隠しにだろう。
俺の皿からケーキの一欠けが消えた。
素直な感想を述べただけなのだがリナは誉められたりするのが苦手らしい。
特に、可愛いとか言われるとすぐに赤くなる。
美少女だとか天才だとか自称しているくせに、改まって他人に言われるとこうなのだ。
それがまた可愛い。
世では天邪鬼と言うのかも知れないが。
「じゃぁ、リナは何が嫌いなんだ?」
彼女にとられてずいぶん小さくなったケーキを口に運びつつ聞いてみるとスプーンを加えた彼女が、そうねぇ…と首を傾げる。
「野菜とかで嫌いなものは特に無いけど…あぁ、あれよどらどらのびっくり鍋とか…あとは…虫?」
「…どらどらってなんだよ…それに虫は食いモンじゃないだろう?」
「食べる地域があるのよ。ちなみにどらどらのびっくり鍋はかなりのゲテモノ料理らしいわ。さすがのあたしも無理。」
他にもいくつか食材を上げていったのだが…普段の食生活に馴染みの無いものばかりだ。
それを食べられる店を探すほうが困難というかなんと言うか。
まとめると普通に世間一般で食べられるものに関しては、リナに好き嫌いは無い。
ということになる。
「ガウリイも好き嫌い言ってないで食べなきゃ駄目よ。なにもゲテモノ食えって言ってるわけじゃないんだし。」
「…でも、ピーマンはなぁ…」
「子供じゃないんだから。」
「…う。わかった。」
確かに、子供ではないんだし作ってくれた人に失礼だよな。
『食材に感謝して食べる。』当たり前だがなかなか出来ないものだ。
神父時代も意図的に避けてきたものだしなぁ…とあやふやな記憶を思い返しながら苦笑。
菜園にはピーマンのピの字も見当たらなかった。
「にしても、何で嫌いなの?美味しいじゃない。」
「うーん…青臭い感じとか。あと苦いだろ。」
「…ホントに子供みたい。」
くすくすとリナは笑った。
んじゃ、明日からはピーマン克服メニューに挑戦ね!
と指を突きつけられ思わず『えーーー!?』と声を上げていると隣の話が耳に入った。
―――どうやらまた戦争が始まるらしい―――
ぴたりと動きを止めた。
リナも俺の様子に気が付いたのだろう、ちらりと隣のテーブルを見るとこちらに視線をよこした。
「物騒な話ね。」
「…あぁ。」
紅茶を飲む。
すっかりぬるくなったそれの味はあまり感じなかった。
頭をよぎるのは昔の過ち…罪は消えない。
俺は戦場に出ていたし…人を殺した。
たくさん。
それこそ数え切れないほど。
長い長い時の中で…何人も殺した。
死にたかったのに何故だろう?
あの頃、俺は向かい来る敵を斬った。
誰か俺を殺してくれと願いながら、振り下ろされる刃を受け止め薙ぎ払う。
罪を重ねて何時か自身に罰が下るように…。
でも、今思えば…この永遠の生こそが俺に与えられた罰なのだろう。
逃げることの出来ない永遠の罰。
死すら許されることの無い…無限に続く苦痛。
カップに残った紅茶を見ていると、スパンッ!という景気の良い音と共に頭に痛みが走った。
「いっ…!」
顔を上げると俺を睨んでいる彼女。
暗く沈みそうな心を引き戻したのはリナのスリッパだった。
「…なにすんだよ。いきなり。」
内心感謝しつつも、少しすねたように言うと案の定リナに怒られた。
彼女はスリッパを懐にしまうとビシッと指を突きつける。
「いーい!ガウリイ。前にも言ったけど、くだらないことは考えない!」
「………。」
「もう済んじゃったことはどうしようもないし、存在するかしないかわからないカミサマとやらの意思なんてそれこそ考えるだけ無駄よ無駄!」
「無駄って…」
「無駄なのよ!だって…あたしは思うもの。」
「ん?」
「神様は何もしないのが仕事なのよ。」
「……?」
「神様は見守るだけ。人間の生き死にに手を出さない、見ているだけが仕事なのよ…それこそ最初から最期まで。」
「そう、なのか?」
「そうなの!」
ふんと鼻を鳴らす彼女。
そして俺を見つめ、『今でも神様信じてるわけ?』と首を傾げる。
その答えは出ている。
信じてはいない。
そう答えると、だから悩むだけ損なのよ。
とリナは言う。
そう…なのかもしれない。
何故こんなことに?考えても真実は見えてこない。
解らないことばかりなのだから仕方が無いのかもしれないが…それでも俺が犯した罪は消えないのも事実。
ならばどうすれば良い?
どうすれば償える?
何をすれば…俺は自分を許すことが出来るのだろう…
そう聞くとリナはにこりと笑った。
「今を精一杯生きればいいのよ。後はそうねぇ…とりあえずピーマン食べれるようになりなさい。」
「…なんでピーマンが出てくるんだよ…」
「なんとなく?」
なんとなくって…。
ピーマンと罪の償いと何の関係が有るのか…
でも、精一杯生きる…それはしなければならない。
いつまで続くか解らないこの命…許されるその日まで俺は生きていくのだ。
彼女と共に――そう願う。
人生の強敵は…もしかしたら目の前にいる彼女なのかもしれない。
一生勝てる気がしない。
でも悪い気分じゃない。
彼女と共に生きていくことが出来るのなら…俺はどんな罪でも背負っていこう。
そして償っていこう。
とりあえず、ピーマンを食べれるようになることが目標だ。
Fin
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