リナのたまご

10 【 恋 】





「馬鹿言ってんじゃないわよ!?」
「でもなぁ…」
「でももなにもない!」


月曜の朝。
家の玄関では二人の押し問答が繰り広げられていた。
スーツ姿で書類の入ったかばんを抱えているガウリイと、その背をぐいぐい押すリナ。
何をしているのかといえば話は簡単。
ガウリイが仕事をサボろうとしているのを止めているのである。


「会議があるんでしょ!?」
「でもなぁ…リナに約束しただろ?いろんなとこ連れて行ってやるって。」
「だからって休んで良いわけ無いでしょ!!さっさと会社に行きなさい!」


とスリッパで叩かれ玄関から放り出されるガウリイ。
とても女の子とは思えない力である。
あれも魔法の一種なのだろうか?
ガウリイはそんなことを考えつつあきらめて落ちたかばんを拾った。
本当は一緒にいたいし、連れて行きたい場所も色々調べてあるのになぁ…そんな風にぼやきながらガウリイはふと首をかしげた。
何かおかしい。
何かが変だ。
今までの自分と何かが違う。
なんだろう?
「うーん」と唸りながらエレベーターに乗り込み一回ボタンを押す。
何が変だと思うのかが自分でもわからない。
チン♪と音が鳴ってドアが開く。
外に出て部屋のほうを見上げるとリナがベランダにいた。
空を見ている。


「…こっち見ないかなぁ」


つぶやいた所で、視線に気がついた彼女がこちらを見る。
目が合ってうれしくて、ガウリイは行って来るよと手振った。
リナも手を振り替えしそてくれた時、はっと気がついたのだ。
変だと思っていた原因を。


「…これは恋ってやつか?」


変だと思っていた心にあるものを”恋”だと結論付けたとたん胸が高鳴った。
ドクドクと心臓が大きなポンプになったみたいで身体が熱くなる。
こんなことは初めてだった。
いや、恋をすること自体初めてなのだとガウリイは認識した。


「うぅ…今夜からどうしよう…」


 早足で駅に向かいながら彼は頭を抱えた。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「珍しいですね、ガウリイさんがまじめな顔で何か考え込んでいるなんて?」


上の空で会議を済ませ会議室をでるとアメリアが立っていた。
そういえばリナが無事に生まれたことを彼女に言っていなかったと思い出す。
改めてちゃんと生まれたと報告するとアメリアは目を輝かせた。


「生まれたんですか!?で、っで!?」
「でって…?」
「だから、どんな生き物が生まれてきたんですか!?」
「どんなって…普通の」
「やっぱりアレですか、首が三つあって火を噴いたり、小さくて目玉でお茶碗のお風呂に入ったり、蛇みたいにずんぐりむっくりだったり!?」


キラキラ期待に輝く瞳。
ガウリイはなんだか期待を裏切るようで言いにくかったが素直に「見た目、普通の女の子だぞ。」と告げた。
きょとんと首を傾げるアメリア。


「普通の女の子…ですか?」
「おぅ。見た目な。でも魔法使いなんだってさ。」
「…魔法使いといえば、ホウキで空飛んでお届け物したり、動く城を持っていたり、温泉経営してたりするアレですか?」
「俺もそう思ったんだけどな、リナが言うにはランプの精みたいなもんなんだってさ。」


そして覚えている限りでリナが教えてくれた話をアメリアにもする。
彼女は話を聞き終えた後ぽむと手を打つと


「”世界を揺るがす力を手にする”ってそういう意味だったんですね。それで?」
「それで?ってなんだ?」
「ガウリイさんは願い事を叶えてもらったんですか?」


そう聞かれ、ガウリイは首を振った。
かなえて欲しい願い事なんて思いつかないんだよなぁ。と。
それに願い事を叶えてしまったらリナは消えてしまうのだ。
叶えたくは無い。


「それって……」br> 「あぁ」


ガウリイは腕を組み真剣な面持ちで頷いた。
そして、困った声でつぶやいた。


「…もうどうしていいかわからなくてなぁ。あーリナの顔見たくなってきた。ちゃんと飯食ってるかなぁ…」


電話しようかな、でも『そんな事で電話なんかするな!』って怒られるかなぁ。
携帯を開いたり閉じたりしながら落ち着き無くうろうろするガウリイをぽかんと見つめていたアメリアはようやく事の大さを理解。
そして、



「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」



ビルの壁や窓ガラスを揺さぶるほどの大音量で叫んだのだ。


「なっ、どうしたんだアメリア!?」
「だって、え、だって…」
「アメリア?」


わなわなと振るえるアメリアの指。
それがビシッとガウリイを指差した。


「ガウリイさんですよね?あのガウリイさんなんですよ!」
「…あのって?俺は俺だけど?」
「来るもの拒まず去るもの追わずの精神で泣かした女の数は星の数ほど!男性社員限定アンケート『一度本気でぶん殴りたい奴』入社以来断然トップ爆走中のガウリイ=ガブリエフなんですよ!」
「…あのなぁ…」
「そのガウリイさんが…ガウリイさんが…。」


アメリアから力が抜けだらりと腕が下りた。
そして次の瞬間には勢いよく顔を上げたのだ。
漫画のように瞳を輝かせて。


「そんな貴方が、恋をしているなんて!!素晴らしいです。ワンダフォー!」


紙ふぶきでも降らせそうな勢いのアメリア。
人を何だと思ってるんだ…と思う一方で、自分がそんな風に周りから思われていたことにガウリイはちょっとばかしショックを受けたのだった。




続く…

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Long novel



2010.03.05 修正版UP