「リナ出かけよう。」
会社が休みの土曜である。
日が出る前から…と言うのか夜中からせっせと弁当作りにはげんでいたガウリイは眠るリナをゆすり起こした。
「う、ん…きょーは、どこにぃ?」
寝ぼけた声で布団に潜り込みながらリナが聞く。
彼女の本心は「もう少し寝かせて。」に違いない。
それもそうだろう。
休日のたび、あそこへ行こう!ここへ行こう!と朝早くから叩き起こされるのだ。
それだけではない。
昨夜も『月が綺麗だから少し散歩でもしよう。』と出かけてみたり。
その前は、虫の声を聞きに行ったりもした。
毎日どこかへ連れて行ってくれるのはありがたいが…肌寒い朝は苦手だ。
もう少しあったかいお布団で眠っていたい。
ちなみに彼女が寝ているのはリビングのソファベットであってガウリイと同じ部屋のベットではない。
ガウリイは自分の部屋のソファがベットになることを知らなかったのだが。
そしてそんな寝ぼけたリナをよそにガウリイはすがすがしく答えた。
「海へ行こう!」
「うみぃ?」
思わず声を上げるリナ。
今の時期は寒いわよー。と告げる。
しかしガウリイも諦めるつもりは無いらしく、毛布をがばりと引っ張った。
引きずられるようにリナが上体を起こす。
本当にしぶしぶといった感じで。
「海!見たいだろ?弁当も作ったから。なっ♪」
「……ま、良いけど。」
満面の笑み。
ぼんやりとそれを見上げていたリナはこくりと頷いた。
「んじゃ着替えるから。」
「おう。玄関で待ってるからな。」
そういって荷物を手にリビングを出て行く。
リナはそれを見送ると部屋の壁にかけてある服を眺めた。
この数日の間にガウリイが買い込んできた服だ。
服とか身の回りのものは魔法で出せるようになってるから平気よ?
と言ったのだけれどガウリイはといえば『リナに似合いそうなワンピース見つけたんだ!』とほぼ毎日何かを買ってくる始末。
本当は食べるものも魔法で出せるのだが…魔法の料理は味気ない。
こればっかりはガウリイの手料理のほうが断然良い。
ちなみにアメリアからの友情の印はきっちり蓋をしてガムテープを何重にも巻いて部屋の隅に転がしてある。
本当はこの世から記憶とともに消し去りたいのだが流石にそれは出来ない。
なるべくあの箱を見ないようにして服を選ぶ。
黒のタートルに赤い小花柄のワンピース。
それを着つつ、買って帰ってきた日のガウリイを思い出した。
『コレ!リナみたいだろ!赤の色具合とか小さい感じがさ。』
あの満面の笑みはどうにかして欲しいとリナは思う。
下手な魔法使いの力より厄介な威力があるのではなかろうか?
なんだかこう…胸にズカンッ!と響くのだ。
それはとても熱くてどこか居心地が悪くなるような…そんな感じのものだ。
でも嫌ではない。嬉しいというのか恥ずかしいというのか。
とにかく彼女の心は複雑だ。
「用意できたわよ〜。」
リビングを出て短い廊下の先にある玄関に向かう。
ガウリイはまたあの笑みを浮かべて彼女を待っていた。
「似合ってる。」
「…ありがと」
「じゃ行こうか。」
「うん。」
用意してあった荷物を持って玄関を出る。
大きなかばんの中身はお弁当だ。
他にもお菓子やお茶も用意してあった。
いくらなんでもこの荷物を持って海まで出かけるのは大変だろう。
そう思いながらエレベーターに乗り一階に降りる。
するとタイミングよくパールホワイトの乗用車がマンション前に停車した。
「時間ぴったりだな。」
ニコニコとガウリイがエントランスを抜け外へ。
車から出てきたのは銀色の髪の男。
ガウリイと比べて全体的に線が細く見る。
「悪いなゼル。」
「まったくだ。朝早くに叩き起こされて、車貸してくれ。とは…」
彼と目が合う。
リナが軽く会釈すると、彼はそういうことかと肩をすくめて見せた。
「どーも、リナよ。」
「ゼルガディスだ。」
「悪いわね、こんな朝っぱらから。」
「いや別にかまわん。もう慣れた。」
諦めの入ったような彼の口調にリナは思わず噴出した。
「そうね。慣れるわよねやっぱり。というか諦めた…かも。」
「…そうだな。諦めたの方が当たっているかもしれんな。」
同時に二人の視線を受けたガウリイは、トランクに荷物を入れつつ「いや、思ったより荷物が多くてなぁ。夜には返すから。」と上機嫌。
「あぁ。そうしてくれ。」
とゼルガディスは車のキーを抛った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さっ…」
「リナ?」
「寒〜〜〜〜い!」
秋の海は潮風が冷たい。
浜辺まで黙って着いてきたリナ。
しかし我慢の限界を超えたのか。「帰る!」と駐車場に向かって回れ右。
それをなんとか引き止め、ガウリイは浜辺にレジャーシートを敷いた。
せっせとお弁当の準備をされては、リナも一人引き返す分けにも行かずしぶしぶ腰を下ろし紙のコップに注がれた暖かい紅茶に口を付けた。
「おいしい。」
「だろ?こないだアメリアが持ってきたやつだ。」
そういいながら小皿を渡してくれる。
目の前に広げられたのは相変わらず美味しそうな彼の手料理。
時々鍋を噴きこぼしたりという失敗もあるけれどガウリイの料理は本当にリナの好みだった。
「卵焼き少し焦げてる。」
「あ、悪い。ちょっと余所見してて。」
「でも美味しい。」
出汁巻き卵も好きだけど、お砂糖の甘い卵焼きも好きだ。
美味しいお弁当に寒さも忘れすっかりご機嫌なリナはパクパクと料理を口に運ぶ。
その隣で幸せそうにガウリイは笑った。
「こんな風にずっと一緒にいられたら良いのになぁ。」
ぽつりと漏れた言葉。
意識したものでは無いのだろう。
まじまじとリナがガウリイの顔を見つめると、彼も自分が何を言ったのか理解して頬を染めた。
「あ、いや、これは、あーあのだな、俺はリナの事が…」
「無理よ。」
好きなのだとしどろもどろになりながら言おうとしたガウリイをリナは固い口調で遮った。
無理だと。
口に運びかけていたタコさんウインナーをお皿に戻し彼女はガウリイの目をまっすぐ見つめた。
「それは絶対に無理。」
「リナ…」
「願い事を叶え終わったらそれでおしまい。」
どんなに望んでも終わりなのだと言う…リナの言葉が何度もガウリイの頭に響いた。
リナと一緒にいられる時は、もうそんなに長くは無い…。
続く…
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