「会社、ちゃんと行きなさいよ。」
朝の早い時間。
リナは彼の寝室に入るなりそう言った。
学校に行きたくないと駄々をこねる子供に言うように。
ガウリイはというとぼんやりとリナを見つめていた。
昨日海から戻ってきて寝室に入りベットに腰掛けたそのまま、結局彼は朝を迎えていたのだ。
あの後どうやって戻ってきたか、あまり覚えていない。
「リナ…」
「何?」
無意識に伸ばされる手。
リナは小さくため息をつくと彼に近づきその手を取る。
そしてもう一度「何?」と聞くとガウリイがリナを引き寄せた。
おなかの辺りに顔を埋め、縋り付くような彼の髪をリナはだまって撫でた。
しばらく無言のまま。
そしてガウリイが口を開いた。
「ずっと…ずっとリナと一緒にいたい。」
ガウリイの言葉にリナは困ったように微笑み首を振った。
「何故!?」
「願いを叶え終わったらあたしは消える。それが決まりなの。」
「誰が決めたルールなんだ!?」
思わず声を荒げるガウリイ。
ますます力をこめて彼女にしがみついた。
リナは変わらず彼の髪を撫で「しらないわ。」と呟いた。
でも解っているのはその決まりごとは何があっても曲げる事はできないということ。
「じゃぁ、それが俺の願いなら?リナとずっと一緒にいることが叶えて欲しい願いだと言ったら?」
腕から力を抜き彼女を見上げる。
しかしリナの表情は変わらない。
そして静かに首を振った「その願いは叶えられない。」と。
「何故?何故だ!?どんな願いでも叶えられるって言ったじゃないか!」
立ち上がり彼女の肩を揺さぶる。
「俺はリナが好きなんだ!一緒にいたいんだ!…愛してるんだ。」と彼が言葉にすると、リナが泣き出しそうな顔をした。
首を振る。
何故!?とまた手に力が入る。
「だって…」
消え入りそうな彼女の声。
「答えてくれリナ!」
「”ガウリイの傍にいたい”」
そして告げられる言葉。
「ガウリイの傍にいたい…それがあたしが一番叶えたい願いになちゃったんだもん…」
「リナ?」
「前に言ったこと覚えてる?」
「え?」
『本当に叶えたい自分の願いはね、叶えられないようになってるのよ。自分の魔力なのに、自分のためには使えないなんて変でしょ?』
自分の願いをリナにやると言ったときのことをガウリイは思い出していた。
魔法の制約。
誰が決めたかわからないルールに彼女は縛られている。
「ガウリイの願いを叶えることは、必然的にあたしの願いを叶えることになるの…それは出来ない。」
小さな手が強張る。
その瞳の奥にあるものを感じガウリイはリナを抱きしめた。
背に回される手が必死にしがみついてきた。
「今までは怖くなかった。疑問も無かった!」
リナが叫ぶように言う。
でもガウリイに会って、一緒に生活してご飯を食べて外に出かけて…
いろんな経験を積むうちに願いを叶え終わってまた一人になるのが怖くなった。
自分の中の曖昧だった願いがはっきりと見えたとき、叶えられない絶望を知った。
ガウリイが望んでくれても絶対に叶えられない願い。
「ねぇ、ガウリイ…あたしは何のために存在してるの?」
「リナ…」
「ガウリイの願いを叶えてあげたいのに、叶えられない。願いを叶えるのがあたしの存在意義なのに。」
なんでこんなことになっちゃったの…。
と彼女は何度も繰り返す。
抑えていたものがあふれ出すように。
きっとずっと…孤独を抱えてきたのだ。
それに今まで気がつかないフリをしてきただけ。
強く抱きしめていても、時期が来れば消えてしまう彼女。
願いを叶えても消えてしまう彼女。
どうしたらいいんだとガウリイも呟き、窓越しの空を仰いだ。
続く…
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