歪む月

07 【 元騎士 】





馬の手綱を引き彼は再び森に来ていた。
剣と僅かな荷物を持って。
振り返ることなく城を後にし真っ直ぐこの湖へと。
薄く積もった雪に飛び散る真っ赤な血の後を辿れば大木の陰に布で巻かれたモノ。
それを抱え上げると更に森の奥へ、そして少し開けた場所に来るとあらかじめ用意してあった穴にそれを埋めた。


「安らかに。」


口だけの祈りを捧げその場を後にした。
彼が向かったのは裏町にある安宿。
宿の前に着くと中から小走りに男が出くる。
それに金を渡し馬を預けると薄汚れた建物の軋む階段を上った。

コンコン

二度ノック。
しかし中からの返事はない。
彼はゆっくりドアを開いた。
狭い部屋には同じく狭いベッド。
それ以外には何もない部屋の中、窓辺に彼女が立っていた。


「姫。」


声をかけても振り向かない。
黙って窓の外を眺めている。
寒がりのはずなのにコートも着ずにただ外を見ていた。


「寒くないのですか?」


ベッドに投げ出されていたコートを掴み肩に掛けてやってもこちらに目も向けない。
のぞき込むようにすれば顔を背けられた。
姫?そう口を開こうとしたとき静かな声が聞こえた。


「もう姫じゃない。」


彼女はそう言うと彼を見上げた。
どこか怒っているように見えるのは気のせいではないのだろう。
きっと呼び方がどうこうではないのだ。
苛立つ心を抑えきれずに彼女は彼の頬を叩いた。
ぴしゃりと乾いた音がする。


「なんでっ…」


感情が高ぶり溢れそうな涙を彼は優しく拭う。


「俺は…出来た人間なんかじゃないんです。」


命じられれば人を殺す。
それが良いとか悪いとかそんなことは考えない。
何も考えない。
考えてはならないとそう教わった。
幼い頃から。
だから王の命令を聞いた。
望み通りの首を届け続けた。


「…でも姫………リナは駄目だ。絶対駄目だ。殺さない。殺させない。」
「だからって…あんなことっ!」


握りしめた小さな拳が何度も彼の胸を打つ。


「リナを失うくらいなら…俺は、他の誰かを殺す…嫌われても憎まれてもお前は死なせない。」
「…彼女は…彼女には何の罪も無かったのよ!」


悲鳴じみた声をあげ振り上げられた手を掴み、その瞳を覗き込む。


「リナに似ていた…」
「だから身代わりにしたんでしょう!?」
「…それが、罪だ。」
「ガウ」
「それが彼女の罪だ。」


押し殺すような低い声に姫は震えた。




続く…

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Long novel



2010.03.05 修正版UP