夜の通りに彼女は立っていた。
賑やかな花街は彼女の仕事場だ。
艶やかな唇にこれみよがしな服。
声をかけてくる男をあしらい今夜の客を捜していた。
男なら誰でも良い訳じゃない。
それなりにきちっとしたマナーを知る男でなければならない。
まぁ要するに遊び慣れた男であることが一番だ。
それと懐が暖かく、財布の口が緩いならパーフェクト。
実際面倒なことが多いのだこの仕事は。
客引きを介さず客を取る彼女のような娼婦はしっかり見極める目を持たなければ命に関わる。
数日前も客に監禁され殺された同業者が出たばかりだ。
とは言え、そんないい男は滅多に引っかからない。
何故ならこちらが客に安全を求めるように、客も同じ事を求めているから。
事実薬を盛って財布をかすめ取る同業者も多いのだからこれまた仕方がない。
だからいい男は皆、娼婦館へ行ってしまう。
「…今夜は空振りかしら…」
星の見えない空を見上げていた女のすぐ後ろに1つの気配が近づいてきた。
声をかけられ振り向くとそこには見たこともない綺麗な顔の男が1人。
らしくなくドキドキと脈打つ胸を沈めるように息を付くと男を見上げた。
随分背が高いと彼女は思った。
「私に何かご用?」
首を傾げると男の手が伸び頬に触れた。
そのまま顎を持ち上げられ至近距離に近づく青い瞳。
しかし唇に触れるでもなくそれは離れ彼女の髪を梳いた。
長い栗色の髪が男の手の中で遊ぶ。
愛おしげに何度も。
その瞳が見ているのは別の誰かだと彼女にはすぐ解った。
「私は愛しい誰かに似ているかしら?」
「あぁ。」
短く答えた男の腕に彼女は身体を寄せる。
これは上客だ。
ここで逃せば一生後悔するようなパーフェクトな客だ。
身なりもしっかりしているし、振る舞いからして遊び慣れているようだ。
財布の口が緩いかどうかは知らないが、お金など無くても良いから相手をしてみたい。
そう思わせるほどの男だ。
「今夜は私、空いてるんだけど?」
「…偶然だな俺もだ。」
すぐに男の目が変わった事にも彼女は気が付いた。
愛しい者を見る目から、只の女を見る目に。
しかし彼女はそれを危険なものだとは思わなかった。
「そう、じゃぁ宿を取る?それとも、あなたのお家にする?」
男は笑みを浮かべて答えた。
「森の湖の傍に小屋がある。そこなら静かだ…」
「そう。じゃぁ行きましょう。」
「あぁ。」
―――男に腰を抱かれ女は森へ。
その先に待ち受けていたのは…身代わりとして終える人生。―――
「あ…っ」
血に濡れた剣が雪明かりに光る。
大木に背を預けずるずると座り込む彼女が見たのは氷のように冷たく、そして美しい男の姿。
咳込むと口の中に血の味が広がった。
自分を見る青い瞳は無感情でいて、しかし憎しみのような物が見て取れた。
「…わ、たしは…憎い誰かに、似てい、たの…か、しら?」
不思議と涙は出てこない。
むしろ、喉に込み上げて来るものさえなければ笑いたいくらいだ。
彼女は血の溢れる胸から手を離し雪の上に投げ出した。
白に赤が映える。
男が近づき剣を持ったまま膝を付く。
彼女の顎を持ち上げ首筋に剣を突き立てた。
「………」
男がなんと答えたのか…既に物言わぬものとなった彼女に知る術はない。
立ち上がる彼の動きとは逆に、彼女の身体が雪の地面に横たわった。
何処かで狼の声が聞こえる。
それは悲しい叫びにも似ていた。
「似ていたよ。誰よりも愛しい人に…だからアンタが憎い。」
彼女とよく似たあの顔で、客取りの仕事なんてしていることが許せないと。
そして男は立ち去った。
続く…
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