――数週間後――
「任せろって言うから何をしでかすのかと思ったら…」
呆れた彼女の声。
今俺は、新曲PVの撮影現場で一緒なのだ。
「いい考えだっただろ?」
「確かに…うちのスタッフが雑誌握り締めて、目を血走らせてレコーディングスタジオに入ってきた時は驚いたわよ。」
『あのガウリイ=ガブリエフを無償で出演させられるかもしれないぞ!!』
リナはそのときのスタッフの口調をまねしながら言う。
「それにしても、あんたの事務所…よくOKしたわよね。」
「あぁ、やらしてくれなきゃ仕事を辞めるって脅してみた。」
「…馬鹿っ、だから機嫌が悪いのね…あんたのマネージャー」
こちらを睨んでいる。
目つきはいつも悪いのだが今日はそれに拍車がかかっているような気がする。
「ルークはいつもあんな感じだけどな…ま、社長に直接怒られたのは奴だから。」
肩をすくめる俺に、やっぱり呆れた彼女が溜め息を漏らした。
紅茶をこくりと飲み干すと席を立つ。
どこに行くんだ?と聞くと、スタッフとちょっと打ち合わせよ。と行ってしまう。
ほんのりと彼女の頬が赤い。
…もしかして緊張しているのだろうか?
休憩後はいよいよ問題のキスシーンだ。
ニヤニヤと崩れそうな顔を察したのか、スタジオの隅にいたマネージャーがつかつかと近づいてきて回りに気づかれないようにドスの効いた声で釘を刺した。
「ガウリイ…」
「や、悪い。つい嬉しくてな。」
そんな俺にまだなにか言いたそうだったが『スタンバイお願いしますー。』の声がかかりしぶしぶ元いた場所に戻っていく。
俺は手の中で遊ばせていた紅茶を飲み干し、セットに向かう。
メイクを直してもらっていたリナと視線が絡む。
赤くなって、ぱっとそらされるそれ。
直前までそんな感じだというのに、いざ撮影が始まれば彼女は別人になるのだ。
俺が魅了された天使。
数歩離れた場所にいる彼女との距離を縮めその手を掴み引き寄せる。
身分違いの恋。
それがテーマの新曲。
着飾って光り輝く彼女と、ジーンズに皺だらけのシャツの俺。
つかまれた手を拒むわけでもなく俺を見上げる目は、必死につれて逃げてと訴える。
でもそれを口に出せない立場の彼女。
そんな背景までもまるで小説を読むように伝える彼女の演技力はやはりすごい。
かすかに唇が動く。
『愛してる』と。
俺は力を込めてその身体を引き寄せた。
カメラが俺たちの周りを回るように動く。
「愛してる。」
俺の声に彼女がハッと顔を上げ、そして泣きながら笑った。
そのまま唇が重なる。
深く、深く。
お互いを求めてただひたすらに…。
カット!と監督の声がかかるまで俺は撮影だということを忘れて、本気でやっていたらしい。
息を切らしてぐったりとした彼女が俺に支えられながら「ばか、すけべくらげ。」と睨んだ。
To be continued...
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