森の奥の城は、水晶を細かく砕いた霧に囲まれ光を反射し人々に不思議な幻を見せるので、食事の邪魔をする者が入ってこないからなんとも便利だ。
魔物は眠ったままの娘を早速食事台に乗せると、貢物の中からワインやパン、チーズを取り出す。
口直しも美味しく食事をする秘訣なのだ。
しかしどうだろう?
チーズは前の貢物より小さい。
パンも真っ白ふあふあではなくて黒くてちょっと固め。
ワインは年代物で上質だけど、どちらかといえば1年物の若いワインの方が飲みやすくて好きだ。
くんくんとコルクを開けて匂いを嗅ぐ。
50年くらい前の太陽と葡萄の匂いがした。
「………」
もしかしたら人間は凶作に喘いでいるのかもしれない。
ちらりと台の上の娘を見る。
胸のお肉は大きくやわらかそうで立派だが、手足は細い…。
この娘を美味しく頂いたら早速痩せた大地を整えてやろう。
もっと肉付きの良い女たちが育つように。
30年に1度のごちそうを前によだれが止まらない。
「………」
まずはせっかくの柔らかい肉を覆う邪魔な服を取り払おう。
長く鋭い爪をひっかけて軽く引けば、それは簡単にぴりりと避けて娘のミルク色のが現れる。
しかし、しなやかな柳を思わせる足にはお肉が少ない。
そーっと触れてみて魔物は驚いた。
「!」
前言撤回。
やわらかい。
お肉は少なめだが、なんと柔らかいことか!!
野山を駆け回る小鹿のように引きしまって美味しそう。
細い腕もきっと兎の肉のように口の中でとろけるに違いない。
「………」
もう我慢できなくて、最後の楽しみにとっておこうと思っていた場所に爪をかけると甘い甘い桃の香りが広がる。
ドキドキワクワク。興奮で心臓が張り裂けそう。
美味しいものは最後の最後に食べる派だけど、今日ばかりは一番に食らいつきたい衝動に勝てそうもなく…
一気に爪で引き裂いた。
「っ!?」
するとどうだろう…大きく膨らんでいた柔らかな肉は…二つの桃になってコロコロと転がり落ちてきたではないか。
芳しい匂いを放つ熟した桃が二つ。
台から落ちて足元に転がったそれ。
座り込んでくんくんと匂いを嗅ぐと…それは紛れもない桃。
「………」
なんてことだ。
早く食べなかったばっかりに、娘の柔らかな胸の肉は桃になって落ちてしまった。
今日のショックは、乳臭い子供や、骨ばった年寄りの非ではない。
一生の不覚と魔物は頭を抱えた。
腹いせに町の湖を干上がらせてやろうと立ち上がると、ふいに鼻をくすぐる良いにおい。
「………?」
桃に似ているけれど、桃とは違う匂いは娘から漂ってきていて…
くんくんとすっかり肉の無くなった胸に顔を近づけるとさらに香りが強くなる。
よく見れば、桃になって落ちてしまった胸のお肉はほんのちょこっとだけど膨らんでいるではないか!
「!!」
そうか!柔らかい胸の肉はまた大きくなるのだ。
だから次は、桃になって落ちてしまう前に食べればいい。
長い間生きてきて、ご馳走の娘も何人も食べてきたけれど気がつかなかった。
人間とはなんて不思議な生き物なのか…
そうと決まれば大事な娘だ。
みずみずしい肌を傷つけないように絹の衣を用意しよう。
柔らかく大きく育つように寝床には山鳥の羽毛をしきつめて、ポプリの香りのクッションを置こう。
美味しいものを用意してのびのび育てば、再び美味しくなるはず。
痩せた大地で作物が育たないのと同じことだ。
鼻歌交じりに用意する。
あっという間だ。
魔法の城では、望めばすべてが手に入る。
娘を寝かせながら明日の朝一番に町に潤いと恵みを与えてやろうとほくそ笑む。
そしてそのまま魔物も目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とんだ計算違いだ。
まさか薬で眠らされるとは思わなかった。
遠くなる意識の中でリナは自分の足が地面から離れ、冷たい石の台に置かれるのを知感じた。
これじゃぁ魔物が来ても抵抗的ない。
ぶん殴ってお宝のある場所薄情させるより先に食べられてしまうではないか…
「…くそ、った…れ…馬鹿…」
とても汚い言葉で、貢物を置き町に帰って行った男たちを罵る。
微かに意識はあるけれど、それは水の中のように全てをからめ取る。
眠る直前のまどろみに似た感じ。
リナは必死で眠らないよう抵抗したけれど、手も足も動かすことはできない。
瞼は鉛のように重く…ついに視界が閉ざされると、あとは沈んでいくだけだった。
不思議な夢を見た。
綺麗な庭の真ん中で金色の魔物がせっせと桃の木に水を上げている。
大きく育て、美味しく育て♪
そんな歌を歌いながら。
長くてふさふさの尻尾を振って、時折嬉しそうに木に頬ずりするのだ。
変な夢。
本当に、変な…夢…
「…んっ…」
頬に当たる眩しい光に重い瞼をこじ開ける。
気分はいいけど体が重い。
きっと寝床が綿菓子みたいにふかふかすぎる所為だ。
いつもはもっと硬くて…
「!?」
生贄のことを思い出して飛び起きた。
いや…飛び起きようとして失敗した。
お腹のあたりがやけに重い。
おそるおそる首だけ持ち上げ見てみると…そこには大きな獣がいた。
犬に似ているけれど、前足の太さも後ろ足の形もまるで違う。
でも人ではない。全身を覆う金色の毛。
物語に出てくる…獣人…そんな感じだろうか?とリナは首をかしげた。
どちらかといえば人より獣寄り。
二本足で歩くより、四本足の方が歩きやすそうな形をしている。
そんな魔物は、リナのお腹に顎と片足を乗せすやすや眠っていものだから、さぁ困った。
とてもじゃないけれど話が通じる相手には見えない。
そもそも人の言葉を話すのだろうか?
長く突き出た鼻先と、大きく裂けた口から洩れる言葉は…『ガウッ!!』 っぽい。
目を覚ましたとたん、いただきますv となるのも遠慮したい。
どうしたら良いのだろうと思案していたリナは…ふとあることに気がついた。
ベッドサイドの飾りテーブルに見覚えのある桃が二つ置いてある。
「っ!?」
慌てて自分の格好を確かめると、さらさらと気持ちの良い絹の薄着に変わっている。
もちろん、胸に仕込んだ桃は無い。
「………」
ボッと音をたてて赤く上気する顔。
それと同時に煮えたぎった山が大爆発するように、怒りが噴出した。
見たのだ。
見られた。
おまけに触られたのだ。
こんなわけのわからない毛むくじゃらの魔物に。
怒りは一瞬で大気圏を突破し、灼熱の炎を纏って魔物の頭に落下した。
「起きなさいよ!!この馬鹿犬!!!」
To be continued...
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