Several thousand stories

【04】





なんて心地良いのだろう。
あの憎らしい馬が言ったように、人間の娘に首の後ろを撫でてもらうとトロトロとした眠りに襲われる。
四肢から力が抜けて芝生に寝そべると膝の上に顎を乗せ、娘が逃げない様に前脚をかけた。
まどろみに沈む中、何か言っていたけどよく聞き取れなくて…そのまま眠った。

「………」

目を覚ますと空は夕暮れの色。
随分眠ってしまった。
大きなあくびをして気がつく。
あの娘がいない。
匂いだけ微かに残っているが、抱き込んでいたはずなのに…

慌てて立ち上がった所で風が吹き…彼女の匂いに振り替える。


「あ…起きた…」


毛布を手にした姿があった。
ぱたぱた手を動かして何か言っている。
首をかしげる。
早口過ぎてわからない…
困っていたのはあちらも同じで…しかし、ゆっくり手を伸ばすとまた耳の後ろをかいてくれた。
気持ち良い。

「…もど、る。めし…食べる」

尻尾が勝手に右左に揺れる。
数少ない知っている人語を駆使してそう言うと、娘はビクリと震えた。
撫でていた手も止まってしまう。

「いく、めし…」
「…た、食べるの?」
「食べる」
「あたしを…食べるの?」


少し震えた声に首を振った。
お前はまだ胸のお肉が薄いから食べる時期じゃない。
もっと大きく膨らんで熟したら…桃になってしまう前に食べるんだ。
そう言おうとしたが…こんなに人間の言葉は知らない。
困った末に娘の手を取ってペロリと舐めた。

「りな、たべない…食べる、肉、桃と…なる、まえ…」

伝わるだろうか?
今は食べないけど、胸が桃になる前には食べるよ。と言ったつもりだが…

「食べないのね?お肉と桃を一緒に食べようってことなのね?」

意味はよく分からなかったけど娘が笑ったので、つられて笑った…
つもりだが、牙を剥き出しにしたので娘は怯えた。
これからは、嬉しい表現は尻尾ですることにした。

だけど、言葉が分からないのは何だか嫌だ。
よし。夕食が済んだら夜の見回りをして…お喋りオウムのゼロスを尋ねよう。
北の森にいるはずだ。
奴なら人の言葉を知ってるから…

「………」

考えたらウンザリだ…
きっと無理難題を言ってくるだろう。
覚悟して挑まなくては…




表面だけを焼いた肉に齧り付く。
血が滴る新鮮な肉は最高に旨いけど、人間は調理した肉を食べるから…怖がらせない様にしばらくは同じような食事に切り替えた。
食後はあの二つの桃を食べた。

お腹も満たされたので、見回りに行くため立ち上がる。

「りな、俺いく…」
「行く?どこに?」
「…森…う゛ーー…」

言葉が分からないから頭を娘に押しつける。
まだ小さい胸のお肉はそれでも柔らかくて良いにおいがしていた。

「…よくわかんないけど…行ってらっしゃい…」

首筋を撫でられ目を細めた。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇







妙に嬉しそうに尻尾を振って出て行く魔物を見送った。
パタンと扉が閉まると、ホッと息を吐く。

「なんなのかしら…あの魔物…あたしの名前も知ってたし…」

食べられるものだと思っていたら、絹や羽毛を与えられ…シンプルだけど美味しい食事も用意され…
昼間城を探索したから、多分湯殿に行けばもう準備が調っているのだろう。
この城には魔法がかかっている。

これが全てあの魔物の力なら…凄い事だ。
ぎったんぎたんに伸して、締め上げてお宝奪って逃げようというささやかな夢は…目覚めて魔物をぶん殴り数時間辺りを探索した結果無理だと判断した。
魔法の見えない檻に阻まれてどこに向かっても芝生の庭に出てしまう。

逃げられないと悟った後は…別の心配が湧き上がったが…食べる気は無さそうで安心した。

「にしても…変わってるわ…」

桃が好きだなんて。
…もしかしたら、胸に仕込んだ桃のお陰で助かったのかもしれない。
食べようとした矢先に桃が転がり出て来て…

「まさか…桃を生み出す不思議な人間だとか思われてたら…どうしよう…」

相手が魔物なだけに…無いとは言えない。
変な期待をされて生かされているのだとしたら…早く手を打たねば…食われる。




さて、どうしたものかと悩んでいても良い考えは浮かびそうに無く…取りあえずお風呂に入って寝る事にした。

湯殿にはやはり並々と湯が張られていた。


「魔法って便利ね…」

必要最低限以上の生活ができるように魔法が掛けられた城。
魔物の巣なわけだが…どうして人仕様なのだろう?
テーブルも椅子も、大きなお風呂も…
リナは湯気に曇る天井を見つめた。
見事なステンドグラスの嵌った丸天井から、ピチョン…と音を立てて水滴が落ちてくる。

「…分かんない事だらけね…」

そう言えば、アメリアは無事に町を出ただろうか?
ゼルと二人で式を挙げたのだろう…見たかったなと呟くと目を閉じた。




しばらくして、暖まった身体をタオルで包みペタペタと脱衣所へ。
そこには、脱いだはずの服は無く…新しい夜着が用意されていた。

「………」

黙ってそれを着てドアを開ければ暗い廊下に明かりが灯る。
その明かりは真直ぐ…リナを寝室に導いた。
羊の毛で編んだスリッパは柔らかく、足音を全て吸収してしまう。
城の中は酷く静まり返っていた…


「便利だけど…悲しい魔法ね…」

生きるために必要な事を魔法がすべてしてくれるから…ここに住む者は寝て起きて食事して…ただそれだけ。
面倒なことも無い変わりに…目新しい楽しみもない。

なんだか少しだけ、魔物が哀れだと思った。






  その夜また夢を見た。
  桃の木に水をやり、鼻歌歌う魔物の姿。

  おれの桃、おれの桃、早く大きくなれ♪甘く、甘くなれ♪

  楽しそうに尻尾を振って木に頬擦り。






ふとお腹の辺りに重みを感じ夢から覚める…
柔らかい魔法の明かりが薄明るく照らす室内。

「………あぁ…」

そうか。
桃の木はあたしなんだ…
魔物はあたしを育ててる。

この城は綺麗で便利で不自由なんて何も無いけど…それが余計に孤独にさせる。
言うなれば、便利という名の不自由。
魔物はそれに気が付いていないのかもしれない。
自分が寂しいのだと…解っていないのかもしれない。

あたしを生かしている理由もきっと…
小さな子供がペットの世話をするのと大差ないのだ。

この城で…魔法以外でできる何かが欲しかった?


無意識にお腹の上に乗せられていた頭を撫でた。
気持ち良さそうに魔物の尻尾が揺れた。




To be continued...

 << Back

Next >>

 


Long novel



2009.11.01 UP