焼けた大地を再生するのは結構大変だ。
元の森になるまでには長い時間を要する。
魔法で森の木々を大きくするのは簡単だけど、それじゃぁ森の再生とは言えない。
自然の営みに係る魔法は必要最低限。
それが基本。
「………」
魔法でほんの少し強くした木の苗と種を数日前焼け野原にした森に植える。
大雨でも流されず、地に根を張るだろう。
折角だから、桃の木も植えた。
まだまだ実はつかないけれど…
見回り後の一仕事を終え、一息つくと声がかかった。
こいつは、気配や匂いを悟らせず近づいてくるから不快だ。
ジロっと上空を睨むと一羽のオウムが焼け野原に残った木の枝にとまる。
「こんにちは。森の王。」
「………」
「そんな嫌そうな顔しないで下さいよ。」
大げさな仕草でそう言うオウムは、北の森のおしゃべりゼロス。
人の言葉を教えてほしいと、数日前に訪ねた相手。
快く引き受けるわけはないと思っていたけど、やっぱりだったから自然と顔も歪むのだ。
条件はりなに会わせる事。
そう言われたとき…心底嫌だと思った。
ゼロスはオウムだけれど、ただのオウムじゃない。
自分と同じ魔物に属しているから…りなを食べたいと思うかもしれない。
りなは自分のご馳走だから譲りたくはなかった。
大きくなった胸のお肉を一欠けらだって渡したくない。
食べる気はありませんよと言ったけれど、あんなにおいしそうな匂いを嗅いだら…きっと食べたくなるはずだ。
だから誰も近づけない。
城にはより強力な魔法をかけた。
ゼロスでも入り込めない強い魔法。
「やれやれ…僕も嫌われたものですね。」
好かれてると思ったのか?と聞き返す魔物に、それは首を傾げ…それもそうですね。と呟いた。
何をしに来たのか…しつこく彼女に会わせろと言いに来たのだろうか?
探るように見上げる。
「そんなに警戒しないで下さいよ。先日は僕も少し意地悪を言いすぎたと反省しているんです」
反省?
一番似合わない言葉だと思った。
「誰しも一番のご馳走を見せたくはないですよね」
そのとおりだ。
あれは俺の、俺一人のご馳走なんだ。
誰にもやらないし、見せない。
前に人間の娘と馬が返せと言ったけど、返してなんかやらない。
そう思っているとゼロスは両の翼を広げ思っても見ないことを口にした。
「できれば、別の条件であのお話をお受けしようと思いまして」
「………」
怪しい。
怪しすぎる。
ためしに条件を聞くと、思ったとおり…北の森を全部くれというのだから大概だ。
流石にその条件は飲めないと首を振る。
ゼロスの指定した範囲には、人間の住む町や村が少なくても5つ入っている。
コレも一応魔物…人を喰らうのだから渡すわけにはいかない。
人間は守ってやらなくちゃいけない。
それが約束だ。
…やくそく…
誰との約束?
思い出せなくて首をかしげたが、それは自分の縄張りを守るのと同じくらい大事なことだと思うのでこの条件も飲むわけにはいかない。
「……困りましたねぇ…少しくらい僕の条件も飲んでいただかないと…」
人の言葉は教えてほしいけれど渡せないのだから仕方ない。
するとゼロスは条件をさらに変えてきた。
「………」
しばらく考えると、魔物はそれなら良いと頷いた。
もしかしたら、このおしゃべりオウムは最初からこれだけが望みだったのかもしれない。
と、後になって魔物は思うのだがこの時は考えもしなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「だめだ…」
ぐったりとソファで伸びる。
この城に連れてこられて…早半月。
城の中の探索も済んでしまえば…後はただ暇を持て余すだけというこの状況にリナはそろそろ我慢の限界だった。
自分以外の生きているものと言えば魔物だけ。
その魔物だって朝早くに出かけ、昼近くにならねば帰ってこない。
帰ってきたところで食事をしたら、ひたすら寝ているのだ。
「退屈が人を殺す…なんてことあるのかしら?」
せめて書庫の扉が開けばなぁ…と更にリナは呟いた。
1階の北の奥。
ひとつだけ開かない扉があった。
庭に回り込み窓から見てみれば、そこは本の山。
窓からの侵入を試みたがやはり無駄な努力に終わる。
この城では何もすることがない。
遊戯盤はあるけれど、相手がいないことにはどうしようもないし…
「………よし」
ダメで元々。
言ってみるだけ言ってみよう。
何とか伝われば良いのだけれど…と考えているところでふと気配を感じた。
部屋の入り口。
外から帰った魔物がじっとこっちを見ている。
「おかえりなさい」と微笑むと、少し首を傾げた後ゆっくり近づいてくる。
そして何時ものように鼻先をお腹に押し付けるようにすり寄ってくる。
ひとしきりの挨拶のようなそれが終わると、食堂に向かうそれの後を追う。
「…やっぱり…」
食堂に入って、確信に近いため息を漏らした。
大皿に乗った肉にかぶりつく魔物を横目に、リナはこの代り映えのしないメニューを眺めた。
肉料理は大好きなリナだったが…流石に連日肉漬けだと飽きてくるものだ。
しかも、全メニュー軽く塩とコショウで味付けして焼いただけの肉なのである。
鳥→豚→鹿→牛→兎→猪…etc
種類が変われば味も違うのだが…それでも飽きた。
よく言えば素材を生かしたシンプル味。
悪く言えば素材に頼った手抜き味。
飲み物としてワインもあるのだから、もっと手の込んだものだって作れそうなものなのだが…
城を探索している時、貯蔵庫なんかも見た。
小麦粉も、スパイスもあったし、庭にはハーブ園もあった。
それなのに食事はこの有様。
もしかしたら、魔物が料理を知らないから…レパートリーがないのかもしれない。
「…そういえば、ゼルもそうだったわね…」
男の一人暮らし。
その食生活の大半は外食だと知って…アメリアと二人で説教したことをリナは懐かしく思い出していた。
アメリアの場合は純粋に身体を心配して。
リナの場合は、お金が勿体ない…である。
鹿の肉を口に押し込みながらリナは魔物を眺めた。
床に置かれた大皿にかぶりつくそれは視線に気がついたのか見上げてくる。
キョトンと首をかしげる。
何か言葉を待っているような姿に、リナは椅子を引くと立ち上がり魔物の傍に膝をついた。
「ねぇ、食事のことでお願いがあるんだけど…実はね…」
「………」
魔物は首をかしげるばかり。
もう一度言っても反応は同じ。
やはり言葉は通じないのかと思った時だ…魔物が口を開いた。
「りな、はなす…おそく…」
「へ?」
「はなす、おそく…」
「…ゆっくり話せってこと?」
そう聞き返すと魔物はこくりと頷いた。
To be continued...
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