Several thousand stories

【06】





日課が増えた。

早朝の森をいつものように走りぬけ、異常がないか確認する。
弱った場所に魔力の補強をしてさらに走る。
見回りはいつもと同じ。
違うのはここから。
北の一角。
ゼロスがくれといった土地に入る。
最初は人間の住む町が2つと村が3つほど入った広い範囲を寄こせと言ったがそれは無理だから断った。
人間は守ってやらなくちゃいけないからだ。
ゼロスも魔物。
魔物は人を食う。
だから渡せないと…それが約束だったから。

だけど、誰との約束なのか…魔物は思い出せないでいた。

何度かの交渉の末、北の森に生える黒い木を5つ結んだ範囲内をゼロスに与えた。
美味しい山葡萄が取れる場所だったけれど仕方無い。
動物たちが困らないように別の場所に葡萄の苗木は植えてきた。
2年もしないうちにそこも良いえさ場になるだろう。
ゼロスの土地となった森を歩く。

「こんにちは。森の王」

土地の中心で大きく枝を伸ばす木。
そこにいるのは一羽のオウム。
見た目はこんなのだけど、コレも魔物。
今は、人の言葉を教えてくれる先生だ。

…なんかすごく嫌な響きだ…

と、うんざりした顔で魔物は枝を見上げた。




人の言葉は複雑で難しい。
同じような意味の言葉が沢山ある。
だけど使い方を間違えるとまったく内容が変わってしまうのだ。
発音も難しい。

それを毎朝の見回りの後ゼロスに習っている。
城に戻るのは昼も過ぎてお腹の虫が、いい加減にしろ!!と騒ぎはじめる頃。
あまりここに長居するわけにもいかないのだ。
夜の見回りのために身体を休めなくてはいけないし、あの娘…りなのことも見ていたい。
あの桃のような甘い匂いにつつまれると、よく眠れる。
美味しそうで美味しそうで今すぐ食べたいのに、もったいなくて出来ない。

それに、まだ胸のお肉は大きくならないらしい。
桃になって落ちてしまう前に、大きくなったそれを食べたいのだけれど…


ゼロスの森から城に戻る途中、あの石台を見に行く。
植えた木々が根を張り空に向かって背伸びするように育ち始めていた。
このぶんなら意外と早く森は再生しそうだ。
大事な土地を、燃やしてしまった事を反省しながら城へと向かった。

人を寄せ付けない魔法をかけた結界の境目。
水晶の霧が光を反射してキラキラと輝く。
それと同時にいくつもの不思議な幻を見せているそこを迷うことなくまっすぐ進むと黒い扉が突然目の前に現れる。
ギギィ…と軋んだ音をたててそれが開き…緑の芝生に出た。

「………」

一歩中に入った瞬間、鼻に届くのはりなの匂い。
美味しそうなにおい。
優しい良いにおい。
桃の匂いに似ていて甘いそれは、どこか懐かしいにおがした。

「………」

尻尾を振って芝生を横切っていると、娘のにおいとはまた別の良い匂いがした。
くんくんと鼻をひくつかせ、その元を辿る。
大きな扉をくぐって中にないると食堂へ。

先日、魔法の食事は嫌だと言うので魔法を解いたからもうお皿は宙を飛ばない。
その代りに忙しく動く娘。
栗色の髪をリボンでしっかり結び美味しい食事を作ってくれた。
それが気配に気がついたのか振り返る。

「おかえりなさい」

ゆっくりと紡がれる言葉の意味はついさっき覚えた。
昨日までは意味が分からず…ただ優しい響きだったから嬉しくて娘にすりよっていた。
耳の後ろを撫でる手が心地いい。
だけど、今日はやっと…この言葉へのお返しがわかったから魔物は自身満々口を開いた。

「おれ、帰還した」

すこし変な顔をされたので、魔物は発音が下手だっただろうかと首をかしげた。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇







自分で料理をするようになって、暇を持て余すことは無くなった。
朝早く起きて手早く食事を作る。
魔物用と自分用。
最初は味付けなど薄味にした方が良いのだろうかと迷ったリナだったが、別々で作るのは面倒だったため普通に作った。
魔物だからまぁ良いか…という思いもあったからだ。

日の出前に城の外に行ってしまって、昼過ぎにしか戻らないから急がなければいけない。
昨夜の残りのローストビーフを切り、ワイン風味のソースをかけて焼き立てのパンに挟む。
産みたての卵をふんわり溶かしチーズを入れたオムレツにしていると、大きな欠伸をしながら魔物が入ってくる。

「よい、めざめ」

そう言って尻尾を振る。
最近…どこかで言葉を覚えているのか…少しだけど会話ができるようになってきた。
だけど、いろいろ使い方を間違えている。
指摘したいのはやまやまだが…説明しても沢山の言葉は理解できないらしく通じない。
早口も聞き取れないのだとわかってからは、なるべくゆっくり簡単な言葉で伝えようと意識してる。

リナは、微笑み『おはよう』と返すとそっと耳の後ろの柔らかな毛を撫でた。
どうやら魔物はここがお気に入りらしく、撫でると気持ちよさそうに目を細める。
もうすぐできるから、向こうで待っていて。とジェスチャー付きで言うとしばらく考えてから頷いた。
キッチンを出ていくその背を見送り、リナは思わず噴き出した。

「ふっ…『良い目覚め』って…いったい何処で言葉覚えてるのよ…あぁ〜ダメ…お腹痛い…っ」

新しい言葉を覚えてくるたびところどころ変なのだ。
いったい何処の誰が教えているのか。
鍋のスープをかき混ぜながらそんなことを思った。




なんだかんだで魔物との生活もそれなりに楽しくなってきた。
けれど気になることもある。
アメリアは心配しているだろうか?
正義感が強いから、自分だけ幸せに暮らしてそれで良しとする子ではないと知っているが故に…心配だ。
…無事でいることくらい伝えられたらいいのだけれど…と裏庭の菜園で野菜を籠に入れながら思う。

食堂の魔法以外はそのままだから野菜の世話はすべて魔法。
籠を持って柵の前に行けば、食べごろの野菜がふわりと浮いたハサミで切り取られて入ってくる。
なんだか幽霊が世話をしているみたいだと思った。
肉も魚も貯蔵庫に行けばいつも新鮮なものがそこにある。
いったい何処からやってくるのか…見張ったこともあったけれど結局わからなかった。

魔法とは本当に不思議だ。
リナのイメージする魔法は、炎の球を生み出したり、氷の矢を放ったり…どちらかといえば攻撃に使うようなものだと思っていたから。
本物の魔法が、ガラスの靴にかぼちゃの馬車的なものだったのが残念だ。

いっぱいになった籠を持って戻る途中、芝生の庭を眺める。
広い庭の向こうに森。
だけど広い森のその向こうへは行けない。
それは初めてこの城で目覚めた日に確かめた。
その後も何度か行ってはみたけれど…やはり出ることは不可能だった。

「籠の鳥…か」

閉じ込められているのだと思えば、気分が悪い。
だけど、魔物は何故か嫌いになれない。
生贄を要求するようなやつだけど恐ろしいと思えないのだから本当に困った。

彼女の口癖であった、正義の鉄槌だったり、自分の信念…悪人に人権は無い!に魔物は当てはまらないのだ。


「…なんだかなぁ…」

そろそろ魔物が帰ってくる頃だから、遅めの昼御飯の準備をしないと。
準備と言っても、朝食が済んだ後いろいろ仕込んでおいたから温めるだけ。
後は、今菜園からとってきた野菜でサラダを作って…

食後はスコーンでも食べよう。
ジャムが食糧庫には無かったのが残念だとリナはため息をついた。
菜園では野菜はあるけど、果物は無い。
魔物はあまり食事にこだわりが無いらしい。
唯一の救いは、ハーブ園が庭にあったことだ。
スパイスも手に入るから料理には困らない。
けれど、やはりスコーンにはジャムだろうと思うのだ。

そういえば、去年…アメリアと木苺のジャムを大量に作ったっけ…と、リナは懐かしく思い出した。
ほんの1年前の事だ。
このあたりの木苺は採れる時期が少し早い。
丁度桃が終わりを迎える頃採れるから、今がきっと盛りだ。

だけど、残念ながら木苺はこの城の周りには無かった。

「う〜ん…食べたいなぁ…木苺…そのままでも良いけど、やっぱりジャムよね。あとは肉料理なんかにも…」

うっとりとあの赤い実を思い出していると、『りな』と呼ぶ魔物の声。
振り返ると尻尾を振ったそれがいた。


そうだと良いこと思いつく。
頼むだけ頼んでみようと。
話が通じれば儲けものだ。



また新しい言葉を覚えたのか…やたらと「飯、召し上がる」と繰り返す魔物を撫でて城に入った。




To be continued...

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2009.11.29 UP