大好きな人は一番近くて、何よりも遠い存在。
抱え込んだ想いは膨らんで破裂してしまいそうで怖い。
内側から、狂気に彩られた別の俺が出てこようと暴れているのだ。
「ガウリイ?」
名前を呼ばれて跳ねる心臓。
トントンと軽い足取りで階段を下りてくる。
ジーンズにふわりとシフォンが広がる黄色のチュニック。
小柄な…少女にも見える彼女は、俺の姉…。
全然似ていないと小さな頃から言われているが、本当に血を分けた姉弟なのだ。
他人なら良かったのに…といつも思う。
「…どこか出かけるのか?」
機嫌が良い姉に聞くと、飲み会よ。と鼻歌まじりに靴を履く。
大学に入ってサークル活動や、飲み会などで遅くなることが増えた。
両親は『もう、大人なんだし良いんじゃないか?』と軽い放任主義。
同じ年頃の子たちよりも、姉はしっかりしているし変質者等から身を守る術も十分すぎるほど持っている。
それは解っているのだが…
「何時に終る?迎えに行く。」
「別に平気…あ、携帯忘れた…」
鞄の中身をごそごそと漁って、携帯がないことに気が付いてまた靴を脱ぐ姉。
俺の横を通り階段を早足に上がっていく。
その後姿に向かって大きな声を上げた。
「迎えに行く!」
俺のあまりの剣幕に驚いたのか、呆れたのか…階段上から顔を覗かせ苦笑い。
あんた過保護よ弟の癖に。その言葉が胸を抉る。
悔しい。
こんなに想っても届かない。
彼女が姉である以上…俺を男として絶対に見ない。
だけど、解らせたくなる時がある。
俺は弟だけど男で、彼女は姉だけど…女であると言う事を。
再び下に降りてきて靴を履く。
くるりと振り返ると細い指を俺に突きつける。
「父ちゃん、母ちゃんが放任主義だからって…あんたが過保護にならなくたって良いのよ。」
「でも、リナ…」
「姉ちゃんって呼びなさいっていつも言ってるでしょー。」
「嫌だ。」
嫌だ。それだけは絶対に。
心で思うのと、実際に口に出すのは違う。
”姉”と口にしてしまえば負ける気がした。
俺と彼女を姉弟にしたこの世界に…運命に負ける気がした。
これはささやかな抵抗。
「姉ちゃんが嫌なら、お姉さまと呼んでくれても構わなくってよ?」
茶化したように笑う。
無言で首を振ると、すっと彼女から笑みが消えた。
怒ったのかもしれない。
「あっそ、んじゃあたしタダ飯食べに出かけるから。あんたは勉強でもしてなさい!」
「…どうせ合コンだろ…」
「だって奢りだって言うんだもん。良いじゃない?イケナイ?」
「………。」
「ガウリイ?」
時々、姉は俺の気持ちに気が付いているんじゃないかと思うことがある。
試されているような…こんなコト思うなんて、馬鹿だな俺は。
もう良い行けよ。と手を振ると、じゃぁね。と足取り軽く出て行く姉。
玄関を閉める前に、思い出したようにあぁと声を上げると、
「終電には乗るから駅前まで迎えに来てよ。補導されないようにねー」
「俺は…」
「んじゃ、ヨロシク♪」
バタンと締まるドア。
不甲斐無さを実感する。
弟だからこそ強く言えない部分はあるのだ。
彼女が誰と何をしようが…俺に邪魔する権利は無い。
『何故、邪魔するの?』と聞き返されたらなんと答えれば良いのか…
まさか、愛しているからなんてそんなコト言えはしない。
それは終わりの言葉だ。
一緒にはいられなくなる…後戻りできなくなる。
それでも…
「…愛してる」
大好きな人は一番近くて、何よりも遠い存在。
Fin
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