かけた後ろ姿

【先輩×後輩】





太陽が容赦なく大地を熱する。
蝉の鳴き声がその暑さを倍増させる真夏の教室。
カツカツと黒板に向かう教師の後姿から窓の外へと視線を移す。
炎天下だと言うのに陸上部は無駄に元気だ。流石体育会系。

「まったく…やってらんないわ…」

夏休みの特別授業。
成績優秀者は全員参加…なのは良い。
大学から講師を招いて、高校の授業より更に突っ込んだことを学べるのも価値があると思ってる。
しかし…この暑さはイタダケナイ。
集中力も途切れるってもんだ。
机の下でぱたぱたと下敷きを動かす。
微かな風だがほんの少しはマシになる気がする。
全開に開けた窓という窓。
しかし、そんなもの気休めにしかならず…
それもこれも、こんな時期に校舎の一部改装なんてするからいけないのだ。
クーラーの設置してある特別教室はことごとく改装中。
そんな訳でこの茹だる様な暑さの中、あたしたちは授業を受けている。

「あっちはあっちで…別に暑苦しくて鬱陶しいわね…」

窓の外に見える光景に愚痴をもらした。
練習する陸上部員と…グラウンドを囲むフェンスの外に群がる女生徒の黄色い歓声。
原因はやたら目立つ先輩だ。
これだけ離れていてもわかる金色の頭を見つめる。
ストレッチをしているだけだと言うのに周りはキャーキャー声を上げ、あたしをイラつかせる。
『うるさーーーーい!』とここから叫んでやろうか…そう考えたりするが面倒なのでやらない。
腕時計を確認しすると、あと少しで授業が終る。
その時だ。鞄に入れてあった携帯がブブブブっと震えた。

「?」

誰からだろうか?ちらりと教師の様子を確認しそれを開く。着信だ。
窓の外に目を向ける。
グラウンドで携帯片手にひらひら手を振るそれが見えた。

「ちょっと…何なのよ!?今授業中なんだけど?」

一番後ろの席で良かった。と身体を丸めて声を抑えて電話に出ながら思う。
早弁する生徒のように教科書を立てて壁を作りカムフラージュ。
そんなこちらには構わず、電話の主はいつもの口調で話し出す。
『今、俺のこと見てただろ?』と。

「な、見てないわよ…」
『いーや、絶対見てた。』

見てない!と言い張ったがニヤニヤと笑っている顔が目に浮かんだ。
そして『流れる汗に興奮したとか?』と馬鹿な事を聞いてくる。
そんな所まで見えるわけが無い…あんたじゃあるまいし!!
ギロリとグラウンドの奴を睨みつける。
あの馬鹿にはあたしの姿がハッキリ見えているんだろう…電話の向こうで『前髪切ったのか?』と呟いた。
確かに昨日の夜揃えたが…化け物みたいな目してるわね…

『ところでリナ…』
「何よ?」
『暑くないか教室?』
「暑いに決まってるでしょ。クーラー無いんだもん。」

だよなぁ…と彼。
そもそも外にいる自分達こそ暑いだろうに…

『なぁ…リナ…』
「んー?」
『俺もすげー暑い。』
「…そりゃ外だもん…当たり前じゃない。」

首を傾げる。
一体何が言いたいのか…

『クーラーの効いた部屋に行きたいよな?』
「そりゃぁね。」
『でも、リナ冷え性だから冷房も実は苦手だよな。』

まぁね。と答えると少し嫌な予感がした。

『じゃぁ、授業も部活も終ったらさ…』
「何?」
『俺ん家で涼まないか?…裸なら涼し』
「なっ!?馬鹿言ってんじゃ無いわよ!!

思わず叫んで立ち上がる。
その勢いで椅子が倒れ…教室中がシンと静まり返った。

「…リナのばか…」

隣の席で、アメリアがぽつりと呟く。
教卓ではチョークを握ったままぷるぷると肩を震わせる教師。
暑さでイラついているようだ。

「あ、あー…えーっと…」

携帯を持っていない方の手でぽりぽりと頬を掻く。
押さえきれない甲高いヒステリックな声で『わたしの、何が馬鹿なのかね?インバース君?』とそれ。
ディミア教授は嫌味が多い。
わたしの授業中に携帯とはっ!とグチグチ言い始める前に手を打たねば…

「あーえー…ディミア先生?」
「なんだねっ!」
「黒板の英文の綴り…間違ってます…それが言いたくて…」

さっと目を走らせた英文は確かにスペルが違う。
これで誤魔化せるだろうか…冷や汗ものでそう思っていると天の助けかチャイムが鳴った。
微妙な空気を広げつつも授業が終る。
だが、ディミア教授に睨まれた事実は変わらない。
夏休み中にあの教授の授業はあと8回は残っているのだ…やりにくくてしかたない。
あの馬鹿の所為で!!
とっくに切れた携帯電話を握り締め窓から身を乗り出すようにして目立つ金色をグラウンドに探した。

「ったく!冗談じゃないわあのクラゲ!!」
「授業中に電話してくるガウリイ先輩も先輩だけど…リナも馬鹿よね…思いっきり叫ぶんだもん。」

クスクス笑っていたアメリアが「あぁ、あそこじゃない?」と桜の木陰で休憩しているそれを指差した。
のん気にペットボトルを傾けて、爽やかに汗など拭いている。
そんな彼の周り…フェンスの向こう側では蝉より騒がしい黄色い歓声。

「相変わらず凄いモテ様ねガウリイ先輩。」
「…みんな騙されてるのよ。あいつの頭の中身はクラゲが詰ってるんだから!」

そう、発情期のクラゲが大量発生しているのだ!
ふん。と鼻を鳴らし窓から離れる。次の授業の準備をしないと…
テキストを用意しているとまた携帯がブブブブっと震えだす。

「何よ?」

ピッと乱暴にボタンを押し電話の主に聞く。
爽やかにそれは言った。

『で?裸で涼むのはどうする?』

と。
携帯を握りつぶせるかも…と思ったのは生まれて初めてだ。
問答無用で切ると窓から身を乗り出す。
グラウンドの木陰でこちらに背を向け、切れた携帯をぽかんと見ている阿呆に向かって叫んだ。

「ガウリイのばかーーーーーーー!!!!」

と。




Fin

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Odai



2008.07.04 UP