「なぁ、リナ…」
「なに?」
「俺達って…周りにどう見られてるんだろうな…」
カフェで向かいに座ったスーツ姿の男はポツリとそんな事を言ってあたしを見た。
どうしたのだろうか…急にそんな事を聞くなんて?
「なにかあったの?」
オレンジジュースに刺さったストローを噛むのを止める。
首を傾げると、ちょっとな…と口ごもった。
「うーん…そぉねぇ…」
たっぷり悩んだ後、親子?と答えるとテーブルに突っ伏すそれ。
本気で落ち込んでいるようだ。
「…親子、親子か…そうだよなぁ…」
「何?どうしたのよ今更?」
金色の髪に指を絡めているとくぐもった声が落ち込んでいる原因を語りだした。
避けては通れないあたし達の間に存在する”距離”のこと。
「会社で同期の奴にな…」
「うん。」
「婚約したって言ったんだ…」
あぁ、と内容を察してあたしは笑った。
「…それで、リナのこと話したんだ…嬉しくてさ…そういうの話したいモンだろ?」
「そうかもね。」
ずずずっと残っていたジュースを飲み干す。
「そしたら…」
「うん。ロリコンって言われたんでしょ?」
「…ぅ」
ガバッと顔を上げたそれはなんとも情けない表情。正直ちょっと笑える。
俺、やっぱりロリコンなのか?
と聞かれてあたしは、かもね。と笑った。
愛があれば歳の差なんて!とよく聞く言葉だけれど、実際世間の目は冷たいものだ。
援助交際だ、犯罪だと陰口を聞く事だってある。
保険金、遺産目当てだとも。
ロリコンなんてまだ良い方だ。
「大丈夫よ、ガウリイ実年齢より10は若く見えるから。」
励ますつもりで言ったのだが…『10若くても34だろ…やっぱりロリコンじゃないか…』と彼。
ウチの親と大差ない。
実際、父ちゃんの2つ下の後輩だし。
初めて出合った時あたしは16だった。
高校・大学時代の後輩にばったり会ったから。そんな理由で父ちゃんが連れて来たのだ。
やはり類は友を呼ぶのだろうか…彼に会った時そう思った。
父ちゃんもだが、彼もまた詐欺なくらい若作りだったから。
その時は、彼と、うちの家族とみんなで食事をして…それで終わりだった。
でも…翌日。下校時刻…校門前に彼はいた。
『ガブリエフさん?何してるんですかこんな所で?』
仕立てのいいスーツに身を包んだそれの顔がぱっと明るくなる。
なんだか、わんこみたい…そんなことを思った。
『あ、いや…近くを通りかかって…』
『…近くを?』
『いや、えっと…』
しどろもどろなそれ。
実際可愛かった。
『…ガブリエフさん?』
『あ…その…』
『はい?』
その日のことは多分絶対に忘れないだろう。
それほど衝撃的で、間抜けな告白だった。
あたしは思わず笑い出してしまった。
良い歳した大人が泣きそうな顔であまりに情けなくて…考えてあげても良いわ。と笑い涙をぬぐった。
だって、”俺とつつつつつきあてててててて…す、すすすき、がが…”まるでモールス信号みたいだったのだ。
そんなこんなであたしたちは1年たった今でもこうして一緒にいる。
ガウリイは仕事が忙しく、休みだってろくに無いからデートだって満足には出来ないけれど…。
予備校の帰りには彼が迎えに来て、カフェでお茶して家までの僅かな時間を過ごす。
これだって立派にデートだと思っている。
「ねぇ、ガウリイ?」
「ん?」
ロリコンと言われて落ち込んでいる彼が顔を上げる。
「歳の差…最初から解ってたことよね?父ちゃんだって…大反対だったのを説得したのは貴方でしょ?」
「…うん。怒ってたもんな…先輩。」
「”何があっても、誰に何を言われても、リナを守る!”そう約束したよね?」
「あぁ。」
頷く目が細められる。
なに?と首を傾げると、リナは大人だな…としみじみ呟いた。
「そう、かな?」
「あぁ。俺なんかよりずっと…」
もっと我侭言ってもいいんだぞ?そう言われてあたしは困った。
埋められないこの距離をなんとか縮めたくて…少しでも大人っぽく見られようとしているのに…
「わがまま…か…」
「何か無いのか?欲しいものとか…行きたい場所とか?」
本当は、困らせたくなくて言わなかったことがある。
それを言っても良いんだろうか…?
本当に良いの?そう聞いたら何でも言ってくれと優しく髪をなでた。
「じゃぁ、来週の土曜一緒に花火見に行きたい。」
ガウリイの顔がふにゃりと崩れる。
「リナ、それは我侭って言わないと思うぞ?」
「そう?」
「あぁ。他には?」
「…そうねぇ…リンゴ飴。」
「ん?」
「リンゴ飴買って、後は…フランクフルトでしょ、たこ焼き、イカ焼き、とうもろこしに…じゃがバターと串焼き!クレープ、綿菓子、カキ氷もね!」
屋台全部制覇ね♪と、結構無茶を言ったつもりだったのだが…それも我侭じゃない。と彼。
「…じゃぁ、金魚すくいで金魚取って。取れなかったときのおまけでくれるヤツじゃなくてちゃんとガウリイが掬ったのが良い。」
「金魚すくいか…小さいころやったきりだな…」
一匹じゃ可愛そうだから二匹よ?と念を押す。
赤いのと、黒いのと…色々いるけど何がいいんだ?そう聞かれて少し考えて答えた。
「でめきん!」
「でめきんか…わかった。取ってやるよ。」
そして、他に何か無いのか?と…でももう思いつくものは無い。
本当は一緒に花火を見られればそれで満足だったのだし…。
首を振ると彼は微笑んであたしの手を握った。
「じゃぁ、リナ…」
「何?」
「俺の我侭…聞いてくれるか?」
「ガウリイのわがまま?」
ちょっと待ってと言って、スーツの内ポケットを探る彼。
そして取り出したのは小さな箱。
開けて見て。と渡されて…そっと蓋を開けた。
「………っ」
「リナに着けて欲しい…」
「ガウリイ…」
「先輩…いや、お父さんに言われたことだけど…俺の気持ちはあと三年しても変わらないから。」
「うん…」
あたしたちの交際を父ちゃんは認めてくれたけれど…それには条件があった。
遊びではないという証に婚約という形を取ること、未成年のあたしに手を出さないこと…そして
「20までに…もしあたしの気持ちが変わって…他の誰かを好きになった時は…諦めて身を引くこと…」
「あぁ。」
「…でも、きっと…あたしも変わらないよ。絶対変わらない。」
左手を彼に差し出した。
小さな箱から細い指輪を取るガウリイの手は震えていた。
「本当は…これを渡すの迷ったんだ…」
「なんで?」
「これを渡すことで…俺はリナの未来の選択肢を奪うんじゃないか…って。」
だから、着けて欲しいって言うのは俺の我侭だから。と。
あたしは首を振ってそれは違うわと微笑んだ。
「これは、わがままって言わないわよ。ガウリイ。」
薬指には未来の約束、その証。
何年時が過ぎようと埋められない距離はあるけれど…あたしたちなら大丈夫。
楽天的かもしれないけど、そう思うし、信じている。
誰に何を言われても、あたしの事はガウリイが守ってくれる。
だから、ガウリイの事はあたしが守る――
Fin
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