灰色の雲が西から流れて青い空を占拠する。
雨が降り出す直前の湿った風。
昼間照り付ける太陽に熱せられた地面からは、靄のような湯気が立つ。
公園から人の姿が消えていくのをベンチに座って眺めていた。
皆急いで家に帰るのだ。
家族と共に嵐の夜を過ごすのだろうか?
どちらにしても、あたしには関係ないことだ。
目を閉じて何を思うでもなく溜め息を付いているとふいにかけられる声。
「ここ、空いてるか?」
顔を上げると金髪の男。
驚くほど整った顔をしている。
「空いてるけど…じきに雨が降るわよ?」
少し横に移動して場所を空けると、ニュースで嵐になるって言っていた。と笑いながら隣に座った。
嵐になると解っていてわざわざ外に出てくるなんて変な人だと肩をすくめた。
「お前さんはこんなところで何をしてるんだ?」
「何故そんなこと聞くの…あんた警官かなんか?悪いけどあたし補導されるような歳じゃないから。一応。」
「いや…昨日も1日ここに座っていただろ?…その前の日も。今朝だって太陽が昇るのを見てた。」
「………。」
「ずっと見てたんだ。」
「…なに…あんた、ストーカー?」
だんだん風も強くなってきた。
嵐の夜にストーカーと一緒なんてゴメンだ。
だけど、男は首を振り公園近くの茶色いマンションを指差した。
「俺の家そこだから。窓から見えるんだ。」
「ふーん…」
どうやらストーカーでは無いらしい。
しかし、窓から見えるからといってこうしてやって来るものだろうか?
しかも平日のこんな時間に…仕事はしていないのだろうか?
そう思っていると空を見上げていた男の目があたしを見る。
深い青は、空の色とも海の色とも違う。
「今夜は本当に酷い雨になるらしいぞ…帰らないのか家に?」
どうやら、この青はお節介の色らしい。
帰る家か…と少し考えてあたしは首を振った。
帰る場所など無い。
「…家出中なのか?」
「違うわよ。」
肩をすくめて見せる。
家出中かと聞かれれば違うと答える。
理由は簡単。
「あたし、ホームレスなんだもん。3日前から。」
そう、帰る家など無いのだから家出中ではない。
屁理屈かもりれないが事実なのだから仕方が無い。
「ホームレスって…」
「家が無いんだからホームレスでしょ?何か間違ってる?」
「…いや、間違っては…無い、のか?」
腕を組み、首を傾げる男。
あたしはクスクス笑うと逆に男に尋ねた。
貴方は誰?何故平日の昼間ずっと見てたの?仕事してないの?と。
すると少し考えた後、男は笑った。
「俺、ニートだから。」
「…ニート…」
「仕事はしてない。ほとんど一日中部屋にいる。まぁ、軽い引きこもり?」
とてもそんな風には見えない。
スーツでも着ていたら、大手企業のエリートサラリーマンのようだ。
モデルも出来そうな顔だし。
疑わしく見ているとパタパタ手を振って『いや、俺本当に親の脛齧って暮らしてるし』と全くフォローになっていない事を言う。
「で?そのニートさんは興味本位であたしに声をかけてどうしたい訳?」
「え…」
「だってそうでしょう?嵐が来るのにあたしがずっとココにいるから気になったんでしょ?」
困ったように彼は頬をかいた。
「でも、あたし帰る家無いの。」
「えっと…」
「頼れる人もいないの。」
しばらく無言が続き、彼が口を開いた。
「じゃぁ…泊まってくか?」
と。
あたしはニッコリ笑うと小さなバッグを持って立ち上がる。
ぽつりと頬に雨の一粒が当たった。
この嵐をやり過ごせる場所が出来た。
「んじゃ、行きましょ。」
「…あぁ。」
「あ、そうだ。あたしはリナよ。貴方は?」
「ガウリイだ。」
これが、自称”ニート”な彼との出会い。
自称”ホームレス”なあたしはこの日から帰る家が出来た。
奇妙な二人と奇妙な関係。
そんなあたし達の間にあるのは、形の定まらない不思議な思いだけ。
相手を信頼出来るほど、長い時を過ごしたわけじゃない。
互いのことを全て語ったわけじゃない。
名前以外は何も知らないけれど、それでも二人の間には何かがあった。
”恋”が芽生えたなんて可愛らしいものではないと思うけれど、もしかしたらそれに近い感情なのかもしれない。
まだよく解らないけれど、取りあえず居心地がいいからお互い一緒にいるのだ。
そこにあるのは形のないものだけ。
Fin
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