たった一人の器

【主人×奴隷】





「…少しお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

ノックして入った部屋の主にそう聞くと、書類の束から顔を上げる。
珍しいとでも言わんばかりに大きな目をぱちぱちとさせた。

「ガウリイさんがお願いだなんて…」

興味津々といった表情で、彼女は執事を見た。
普段黙々と仕事をこなす有能な彼。
何を望むでもなく、一歩引いた場所から主を支えるのが仕事。
その彼が自分にお願いがあると言うのだ。
国の雑務処理よりも重大な事に違いない。

「それで?何ですか?」
「実は半日ほど、お暇を頂きたいのです。」

なんだ…と、お願いの内容に内心がっかりする。
『実は、秘密結社のアジトを見つけたので潜入捜査に行きたいんです。』とかそんな内容なら良かったのに。
アメリアは期待が外れて、はふっ…と溜め息を付くとサイン待ちの書類に視線を落とした。

「半日とは言わず、2.3日休んでもいいですよ。」
「しかし、それでは…」
「うーん、でもガウリイさんずっとお休みとって無いし。良い機会ですから、ちゃんと休んでください。」

顔を上げて微笑むと、ありがとうございます。と頭を下げる執事がいた。
なんでも出来て、兵士なんかより腕も立つ。
でも常日頃思っていた…彼は何処か無理をしているんじゃないか…と。

「それで?何処か行くんですか?」

興味本位で聞いてみると、彼は買い物ですよ。と笑った。





―夕方―

食後の紅茶を主に出した後、彼は城を出た。
向かうのは町外れのマーケット。
古びた建物が並ぶ倉庫外。
その地下で秘密裏に開かれたオークションに用があった。
全身を覆うフードとマント。どの来場者も同じ格好だ。
身元を知られたくない者たちが集まっているのだから仕方が無い。
そこで売られているのは…人…だから。
人身売買はもちろん禁止されている。
だが、平和なこの国でさえ国王の膝元でこうしたことが平然と行われているのが現状だ。
国が大きければ大きいほど、奴隷はよく売れる。
単純な労働力、夜の街を彩る花、黒魔術の儀式用…様々な用途に必要なのだ。

「それでは、今宵もオークションを開催いたします。」

司会者の声と共に上がる歓声。
一歩外に出れば、どいつもコイツも良い人ぶった顔をしている。
貴族なんて連中は所詮そんなものだとガウリイは思っていた。
王族が特殊なくらい正義感に溢れていても、国民全てが同じように綺麗だとは限らない。
少なくても、ここに集まっているものは腐っているのだ。
それは、彼も含めて…

「…それでは、次の商品をご覧頂きましょう。」

ようやくガウリイの待ち望んでいたものが舞台に出された。
猿轡をされ手足に枷をされた…少女とも取れる女。
キッと強い目で会場全体を睨みつけている。

「それでは、500から始めましょう。」

司会者の声と共にどんどん上がっていく値段。
すでに普通の奴隷の3倍以上の値がつけられた彼女。
見目が良く、華奢な女と子供は高く売れる。
その用途は儀式用。
爪を剥がれ、鞭で打たれ、刃物で傷つけられ…拷問にも似た行為を繰り返される。
そして待つのは死だ。

「他に、いらっしゃいませんか?」

値を上げる声が止んだ。
司会者が会場を見渡す。
他に手を上げるものは無く、それでは…とオークションの終了を宣言しようとしたところで彼は声を上げた。

「今の値の5倍出す。」

会場がざわめく。
彼女を落札間近だった者が、馬鹿なっ!と声を上げたがそれ以上は口を噤んだ。
悔しくとも意地を張って、支払える額ではない。
ガウリイは静かに席を立つと会場裏に回った。

「お客さん…疑うわけではありませんが…本当にお支払いいただけるんですよね?」

オーナーらしき男がガウリイを待っていた。
あぁ。と頷くとパンパンに詰った皮袋を渡す。
中身を確認して目を丸くしたあとにんまりと笑い、指示をすると彼女を連れて来た。

「………。」

とても売られた奴隷とは思えない態度で俺を睨む。
引き渡してしまえば、後はご自由にとオーナー達はまた地下に引っ込んだ。

「…随分な態度だな…」

頬に触れようとすると顔を背ける。
その顎を無理矢理掴んでこちらを向かせた。

「放して…」
「自分の立場がわかってるのか?お前は売られて、買ったのは俺だ。」
「だから何?放してって言っているのっ!」

手が使えたならパシリと打たれていただろう。
しかし、今は冷たく重い枷がそれを許さない。
涙ぐむでもなく向けられる視線にとうとう彼が折れた。
はぁ…と深い深い溜め息。

「まったく…貴方はこんなところで何をしているんですか?」
「あたしの勝手でしょっ!」

彼女の態度は変わらない。
ただ、ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向いた頬に一筋汗が流れた。
ばつが悪そうに聞こえた声も多分気のせいではない。

「ゼフィーリアのお屋敷から連絡がありました。」

淡々と告げながら枷を外す。
しかし、その内容に彼女は凍りついた。

「れ、連絡って…まさか…」
「えぇ。ルナ様から。」

ひっ、と声を上げたと思うと全身から血の気が引いていく。
足枷を外すために跪く。皮が剥け赤黒く血が滲んだそこを見て顔をしかめた。

「…あの、さ…ガウリイ?まさかもう…姉ちゃんに…」
「まだ連絡はしておりません。もちろんアメリア様にもお話しておりません。」

ひょいと抱き上げると裏に待たせた馬車に乗り込む。
身体を覆うマントを脱ぐと、どこに持っていたのか消毒と包帯を取り出した。
有能な執事となるとこれくらいもっていて当然と言うことなのだろうか?
大人しく治療を受けながら彼女は安堵の息を漏らした

「そ、なら良かった…まさか奴隷商人に捕まって売られた…なんて姉ちゃんにばれたら…」
「お仕置きですね。」
「ひっ!!…そ、それだけは…お願い黙ってて?」

可愛らしく両手を組む。その手首にも痣。

「手を…消毒します。」
「あ、うん…痛っ…」
「少し我慢してください…それにしても、ご自分の立場が解っておいでですか?」

説教が始まると察した彼女は、解ってるわよ!と返すが彼は首を振る。

「解っていらっしゃらない。貴方はゼフィーリアの…」
「はいはい、第二王女ですよ!だから何?城に篭って大人しくダンスの稽古でもしてろって!?」
「そんなことを申し上げているのでは…」

じゃぁ何よ?と彼女。
ガウリイは諦めたように首を振った。
彼が仕えているセイルーンの王族一家も変わり者だが、インバース家もまた変わり者の集まりだ。

「…それに、城を出たのだってちゃんとした理由があるんだから…」
「では、その理由を仰ってください。筋が通っておいでならルナ様への報告に今回のことは加えません。」
「ホント!?」
「えぇ。城を出て、アメリアさまを訪ねていらした…そういう事にしておきましょう。」

そう言うと、少しだけホッとした表情を見せた後口を開いた。
しかし、その内容を…聞かなければ良かったと彼は後悔した。
聞いてしまえば黙っていられない。
いられるはずが無い。

「結婚しろって言われたの。相手は知らない人…」
「………。」
「そんなのイヤでしょ!?」

ぷんぷんとリナ。
ガウリイは黙ったまま彼女の手首に包帯を巻いた。
強く握れば折れてしまいそうだ。

「では…」

自分が何をしようとしているのか…
ん?と首をかしげた彼女の瞳を真っ直ぐ見つめる。

「…結婚しなくて済むように…してさしあげましょうか?」
「え、ちょ…ガウリイ?」

きっちりと結んだタイを緩め、手首を掴んで引き寄せる。
痛みに顔をしかめたが声を上げることは出来なかった。

「んっ、ん…ぅ…!」

死罪を言い渡されても構わないとそう思った。
ゼフィーリアからの連絡で彼女が城を抜け出し行方不明と聞いたときは”あぁ、またか”と呆れた。
でも、使いで町に出たとき…奴隷商人の馬車から降ろされる彼女を見て心臓が止まりそうだった。
何かされたのでは…?と。
幸いにも再開した彼女はいつもと変わらず、何も無かったのだと安心した。
しかし今の話を聞いて…ここで無事に彼女を帰せばきっと後悔する。
いずれこんな日が来ることは解っていたはずなのに…
深い口付けに抵抗が止む。

「がう、り…」
「帰さない…誰にも、渡さない。」
「え…」

いつもと違う態度に驚いたのか表情に怯えが見えた。

「冗談は…ヤメテ。」
「冗談?」
「あんた、は…有能だけど、執事で…あたしは…」

何が言いたいのかは解った。
しかし、それを鼻で笑う。今更身分違いを盾にするのか?と。

「違うな…」
「…ぁ」
「今は俺が主人で…リナは奴隷だ…」

ガタガタと揺れる馬車の中で華奢な身体を押し倒す。
後悔などしない。
するはずがない。




Fin

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Odai


おまけ

2008.07.07 UP