「まったく…愛想の無い子だよ…人形みたいで気味が悪い。」
囁かれるそれは、聞きなれた言葉。
両親を失って、最初に引き取ってくれた親戚の言葉と同じ。
また数ヶ月もすれば別の”親戚”の所に行けと言われるのだ。
いっそのこと施設にでも入れてくれたほうが有り難いのだが…そうはいかないみたいで…
「ミリーナ…」
「なんですか?」
言いにくいんだけどね…と口篭る。
今更、何を遠慮しているのか…ひそひそと話していれば子供の耳には届かないと思っているのだろうか?
追い出したいのは知っているのだ。
ならばハッキリ言えばいいのに…とただ冷めた目で一応の保護者である遠い親戚を見上げた。
「…悪いんだけど、家にはあんたを養う余裕なんて無いんだよ…子供が2人もいるしね…」
「はい。」
「その子達の塾だって、習い事だって金がかかる…」
解るわよね?と同意を求められ、静かに頷いた。
荷物を纏めます。と部屋に向かう。
部屋と言ってもリビングの片隅…衝立で仕切った僅かなスペースだ。
着替えを詰めて、ノートや教科書を入れて…それで終わり。
たったそれだけ…
「準備できたかい?」
その言葉にこくりと頷く。
もうすぐ迎えが来るからね…と言われて外で待つ。
しかし、きっと次も同じだ。
愛想がいい訳じゃないし、子供らしく甘えられる性格でもない。
『貴女は早く大人になりすぎちゃって困るわ。』とそういって母はよく笑っていた。
もっと子供らしくて良いのに…とも。
無理をしているつもりは無いけれど…こうなのだから仕方が無い。
「…あぁ、来たよ迎えが。」
「………。」
「あんたのお母さんの、妹さんの嫁ぎ先の親戚だよ。」
…それはもう赤の他人だ。
内心そう思った。
グレーの車が目の前に止まる。
運転席から降りてきた人が、親戚の人に挨拶しこちらに目を向けた。
「お前がミリーナ?」
「…はい。」
「んじゃ行くぞ。荷物はこれだけか?」
聞かれてコクリと頷いた。
その時だ。
後部座席のドアが開いて男の子が飛び降りてきたのは…
赤い髪で気が強そうな目をしている。
この人の子供だろうか?
そう思っていると、その子が足元にあった荷物をぱっと持って車に運ぶ。
「…え?」
まるで怒っているかのように目を合わせることなく俯いて。
同い年くらいの子に好かれた事は無い…嫌われたことも無いけれど…それは同時に居ても居なくても同じということだ。
上手くいくはず無い。
瞬時にそう悟った。また数ヶ月後にはどこか別の”親戚”に引き取られていることだろう。
それが淋しいわけじゃないし、悲しいわけでもない。
なぜなら…本当の悲しみはもう経験済みだから。
家族を失ったその日が一番辛いことだったから。
父や母は不器用で表現が乏しい私の事をよく心配していた…その所為もあってか、笑顔が見えると手を叩いて喜んでくれたものだ。
それがなんだかムズ痒くて気恥ずかしくて…でも幸せだった。
幸せだったのだ…
目を閉じて涙を堪える。
泣くことは、笑うことより慣れていない。
両親の葬儀でも涙は最後まで我慢した…一人になって初めて声を上げて泣いた。
それ以来涙は流さない。そう決めた。
閉じていた目を開けて大人しく車に乗り込もうとした時だ。
「ミリーナ!」
さっき荷物を運んでくれた男の子が手を強く握ってくる。
何…?と今までにない事態に戸惑っていると、その子が言った。
「俺と結婚してくれっ!」
「………は?」
赤い髪に負けないくらい顔中真っ赤にしている。
初めは意味が解らず首をかしげた。
「お、俺はルーク!」
「…み、ミリーナ…」
「うん、知ってる。さっき親父に聞いたからっ!で、ミリーナ俺と…イテっ!?」
ガキが色気づくには早ぇんだよ!と父親の拳が脳天に入る。
頭を抱えて蹲ったそれは…しかしめげることなく、同じく赤い髪を睨み上げた。
「俺には解ったんだ!一目見た瞬間に感じたんだ!!ミリーナと俺は結ばれる運命だって!!」
「…ちょ…」
「愛してるぜ、ミリーナ!」
再び手を強く握り頬を染めるルーク。
呆れた顔で彼の父親が溜め息をついた。
「まったく最近のガキは…ま、なんつーかそう言う事だからよ…こいつの面倒頼むわ…」
ぽむぽむと大きな手が頭をなでた。
頼まれても困る。
「え、あの…いや…」
頭がかなり混乱している。
こんな人たちにかかわったことは一度も無い。
そうこうしている間に手を掴まれて車に乗せられる。
「帰ろうぜ、俺達の愛の巣へ!!」
「誰がテメェの愛の巣だ!俺の家だ俺の!!」
騒がしい親子のやりとり。
「親父の家は俺の家なんだから良いじゃねぇか!!」
「うるせぇぞ。それに、ガーヴ様と呼べって言ってんだろうが何時も!」
「そんなの呼べるか!馬鹿か親父!?」
なんなのだ…この二人は。
困惑を隠しきれない。
「あの…」
「ミリーナ心配しなくてもいいぞ!俺達の愛をこんな馬鹿親父には邪魔させないからなっ!!」
「なんだとコラ!?誰が馬鹿だっ!あ゛ぁ?」
事故でも起こすのではないかとはらはらする。
前くらい見て運転して欲しいものだ。
でも、取りあえずハッキリさせなくてはいけないことがある…
「俺とミリーナは運命で結ばれてる!ってのが解らないんだから馬鹿だって言ってんだよ!な、ミリーナ?」
「結ばれてません。」
「ほらみろ、ミリーナも…へ?」
ぷいと窓の外に目を向ける。
苦手なタイプだ…こんなにも自分を曝け出せる人は…
「み、みりーなぁぁぁぁぁぁぁ!?」
涙目でそんなこと無いよな?
とすがり付いてくるそれと、豪快に笑う彼の父親。
人生が少し、変わる気がした。
Fin
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